01:たとえ何を犠牲にしてでも 前編





、お客さん第一号かもしれない人が来た」


無事、本日の昼食を調達し終え
くすんだオレンジのテントの下に帰ってきたあたしに
開口一番、友人が言った

その言葉を聞いた途端、昼食なんてどうでも良くなったあたしは
商品を並べた机の向こうにいる

“お客さん第一号かもしれない人”
に、熱い視線を注いだ

遅れているのか、先を行き過ぎているのか
とりあえず流行からは外れているサングラス
その奥の瞳は見えない

でも、真剣らしいのは充分わかった

並べられた様々なデザインの商品を
一つ一つ、じっと見つめる様は
一大決心した男の姿そのもので

あたしは無意味に足音を殺して、彼の隣に回ると
小さく息を吸い込み

明るすぎず、暗すぎない営業ボイスを口から出した


「プロポーズ用、ですか?」

「え!?あ、ええ――」


どぎまぎした声で答え、こちらに振り向いた彼は
あたしの顔をその視界に捉えた途端

驚愕の表情が顔面を覆って
口はパクパク声にならない声を発していた


なんだ?人の顔を見た途端
失礼なヤツだ。

そう思わないでもなかったけど
相手はお客様
…正確には、そうなるかもしれない人、なので
冷静な態度で構える

彼はようやく声の出し方を思い出したのか
驚いた顔はそのままで、声を絞り出した


「カ、カガリ!?こんな所で何やってるんだ!?」

「はい?」


…あ、もしかしてあたしを誰かと間違えてるのかな?

と気づくまで多少の時間がかかった

カガリ…?
カガリと言えば、カガリ・ユラ・アスハが思い浮かんだ
けど、まさかね


「あの、多分人違いしてますよ」

「え…?」

「あたしは“カガリ”さんじゃないし」

「ええ!?」


この人はきっと、仲間内ではリアクション王
なんて言われてるんだ

そう確信させる程の大きな驚きを見せながら
いや…でも…と呟き
サングラスを外して、緑色の瞳であたしの顔を
じっくり観察してくる

顔を観察されてるという事態以上に
彼の瞳が、鋭くて、優しくて綺麗だったから
あたしの心臓は一度だけ大きく跳ねた


「…あ」


やっと人違いと勘違いしたらしい彼は
口をぽかんと開いたのも一瞬

素早く踵を返すと


「…失礼した」


立ち去るべく一歩を踏み出したので
あたしは慌てて逃げ出そうとする腕を掴む

盛大な人違いをして、今すぐここから逃げ出したい
気持ちは分かる
でも、あたしだって“お客さん第一号かもしれない人”を
逃がす気はさらさら無い

待って!と叫んで腕を掴む手に力を込めると
頬を真っ赤に染めた彼がこっちを向き
もごもご言い訳とも抗議ともつかない言葉を繰り返している


「あなたに逃げられると困るのよ」

「え?ええ?困る…?」

「そう、とっても困るの、だから逃げないで!」


真剣な目で睨む様に見つめる
彼は踏み出していた足を元に戻す

良かった。
これで正式な“お客さん一号”の可能性が出てきた

ゆっくり手を離しても、彼は逃げ様としない
頬はまだ赤いままだけど


「あなた、何か探してるんでしょ?」

「あ、ああ…」

「贈り物?」

「ああ…」

「恋人に?」

「…」

「あ、聞いちゃいけないことだった?」

「いや、そーゆーわけじゃ…ない」


…あまり立ち入っちゃいけなさそうな歯切れの悪さね


「贈り物なら、こーゆーのはどう?」


細かい質問は切り上げ
商品のいくつかを選んで、彼の前に並べる

それぞれにまんべんなく視線を注いだ彼は
おずおずとその中の一つに手を伸ばし
あたしは、あ。と言いかけて寸でで堪えた

それは…その、指輪は


「これ…」


騒ぐ心を必死に抑える

シンプルなデザインのそれを見つめながら
彼はほんの少し頬を緩ませた

それを贈りたいと思っている相手が
それを付けた様を思い描いているのか
喜ぶ顔を思い描いているのか


「それ、気に入ってくれた?」

「あ、ああ…似合いそうだなと思って」

「もしかして、あなたが贈り物したい相手って、さっきあたしと間違えた人?」

「ええ!?」


リアクションの大きさは、当たっているという意味なんだろう


「ど、どうして分かるんだ?」


もしかしてエスパー?とでも問いたげな表情に
小さな笑みをあげて

実はそれね。と口を開いた


「あたしがデザインして作ったの」


始めは売る気なんてさらさら無くて
いつかプロポーズされる時、こんなものくれたらなぁ
なんて夢を見ながら作ったもの


「それさ、あたしの初めての作品。自分用に作ったの」


言いつつ、首に巻いた銀の鎖の先についている
同じデザインのそれを、服の中からひっぱり出した
こっちは試作品。
サイズを失敗して、残念ながら売り物にしなかったけど
勿体ないのでネックレスのモチーフとして付けてる


「だから、もしかしてって」

「そうか…」


呟き、あたしを見た目とぶつかったので
特に意味もなく微笑むと
また一段と頬を赤くし、彼はすぐ俯いた

もうそれと決めたのか
大事そうにしっかりとあたしの作品を持つ手を見
あたしは何とはなしに口を開く


「ね、あたしってそんなに似てる?…カガリさんに」


自分に似てる人というのは、単純に興味があるし
さっきからたまにあたしを見る彼の目が
いちいちその人と重ねて見ている気がするから


「驚く程、似てるよ」


呟く様に言った彼は
一つ一つ確かめるように、少しずつ視線をずらしながら
あたしの顔を緑の瞳で射る

ほんの少し、あたしの胸はざわざわと揺れた


「…その、強そうな瞳とか口許とか。髪の色は違うけど
だから変装してるのかと思って、余計驚いた」

「ふーん」


髪の色は違うのか
肩先にかかる毛先をひょいと持ち上げ観察する

父親譲りのこげ茶色
父さんから貰ったのは、この髪の色と
手先の器用さだけだった


「…会ってみたいな」

「えぇ!?」


無意識に出てしまった言葉に、あたし自身が
驚くより先に彼が驚いてくれた

あ、いや。なんてしどろもどろになりながらも
会ってみたいのは本心なので、押し通してみる事にする


「あなたが驚く程似てる、なんて興味あるし」


そう、興味がある
その緑の瞳がいつも見つめている
あたしと同じ顔の少女に

彼が無言だったけど
両手を顔の前で合わせ、お願いとにじり寄ると
また一段と赤くなった頬で呟いた


「わ、分かったよ…」





彼が“驚く程”と言った言葉通り、あたしもおおいに驚いた
でも、あたしが驚いたのは彼と同じ理由じゃなくて
少女が、あたしを見て「キラ!?どうしてここに…!」
なんて、またしてもあたしを誰かと間違えたからでもない

少女が、あの、カガリ・ユラ・アスハだったから

まさか、彼の言う“カガリ”が、あのカガリだったなんて…
口に手を当て驚くあたしの隣で彼は少し慌てつつ
勘違いを正す


「カガリ、違うんだ。彼女はキラじゃない」

「え?…彼女?」


丸まった、カガリ・ユラ・アスハの目が
息のかかりそうな距離でせわしなく動き


「あ」


人違いだと気づいてもらえたらしく
一歩後ろに下がって


「すまない」


謝られた


「…俺はカガリと間違えたよ」


フォローなのか単なる報告なのか
よく分からない発言の顔を見上げ、あたしは首をかしげる


「ね、あたし似てるの?」


カガリ・ユラ・アスハの顔は何度も見た事がある
でも、誰からも似てるって言われた事ないし
あたし自身も似てるって思った事なかった…


「とてつもなく似てるよ」

「そうなんだ」


新発見。とでも言うべきなんだろうか
うんうんと一人頷くあたしの前に
彼の手が紹介するよ、という風に差し出される


「カガリ、彼女は――」


彼女は。もう一度繰り返し、言葉を詰まらせた彼の顔を見上げる
困った顔が、あたしを見て揺れた

君は、誰だっけ?

そう言っている様に思えて、あたしは気づいた


まだ、お互いに自己紹介もしてない…


「あ。あたしの名前はです」

「…だ」

「知らなかったのか?お前…」

「俺は、ア…アレックス、アレックス・ディノだ」


呆れて呟いたカガリ・ユラ・アスハを無視し名乗った
彼の名前を頭の中で反芻し


「アレックス…」


今度は声に出したあたしから
何処か後ろめたそうに視線を外した
彼が印象的だった





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初種デスネタ!
唐突に閃いて、下書きを書くまでは
早かったのですが、アップするのはだいぶ時間かかりました…

ヒロインはカガリソックリという設定です
但し、髪の色だけはキラとほぼ同じ色だと
ご想像下さい

一応この話しは、前・中・後に分かれています