23:世界中で君だけ 前編
「食事の時間よ、捕虜さん」
一人分の食事を乗せたトレイを床に置くと
鉄格子の向こうの人物が、むくりと上半身を起こした
褐色の肌の捕虜は
面倒くさそうに私を見、呆れたように溜息を付いた
「っんとに、ここは女の子が多いねぇ」
「あっそう」
「そんなんでよくここまで生き残ったもんだ」
「無駄口叩いてないで、食べれば?」
「食べさせてよ彼女」
あぐらをかき、あーんと口を開けた捕虜の顔に
狙いを定めて、フォークを投げつける
真っ直ぐ飛んだフォークは、捕虜の目スレスレの所を
通過し、背後の壁に当たって落ちた
「馬鹿な芝居は止しなさい。ディアッカ」
今度はスプーンを構える
「半分本気だぜ?」
「もっと悪い」
手から離れたスプーンは、勢いをつけてディアッカの額に当たった
「…相変わらず…容赦ないのな、」
痛そうに額を擦りながら、ディアッカが言った
「折角、久しぶりに会ったってゆーのに」
「こんな所で再会してどうするのよ」
込み上げてくる溜息を、我慢せずに吐き出す
本当に、こんな所で再会してどうするつもりだ
私は任務中なのに…
今の私は再会を喜ぶことなんて出来ない
ディアッカと顔見知りだと知られてはいけない
ましてや、仲間だなんて
…バレては、いけない?
「まぁ、こんな再会は確かにイイもんじゃないけど…ちょっとはさぁ」
「何?」
「嬉しがってくれても、いーんじゃね?」
「あのねぇ…」
思わず、また溜息が出た
全く、この男は分かっていない
「今、私とあなたは敵同士なのよ?」
「分かってる、分かってる」
「分かってないでしょ」
ニヤリとした笑顔に、再び溜息と軽い後悔
様子なんて見にくるんじゃなかった
捕虜になったっていうのに、調子が全く変わっていない
床に置いたトレイに目を落とす
「ごはん。さっさと食べてね」
目を合わせずに、立ち去ろうと告げ
立ち去りかけた背中に、のんきな声がかかる
「おう、またな」
私は前を向いたまま、口を開いた
「もう、ここには来ない」
「…んな、寂しい事言うなよ」
「私は任務中なの。ここに来るとペースが狂う」
任務。
私は、演じ続けなければいけない
アークエンジェルの…連合の・を
任務の為に…
酷ぇなあ…と呟いたディアッカは、多分笑っていた
「もっと仲間を大切にしてくれなきゃ…じゃないと、バラしちゃおっかなー」
「バラす?」
あくまで顔は見ず、返事を返す
「がザフトのスパイだってこと」
「言う前にあなたを殺すわ」
チラリ、と横目だけで盗み見る
ディアッカの顔は少し、引きつっていた
「冗談よ」
笑って返そうと思ったけど
思いの外、私の顔は強張って
唇ひとつ、笑みの形に動かせなかった
「…言いたければ、言えばいい」
「じょ…冗談だよ。んな怒るなって」
かなり焦った口調に、ようやく笑みが零れ出る
ディアッカには気づきようもない程
小さな笑みだったけれど
「怒ってないわ。本当に言ってもいいの」
「…え?」
「任務なんて、本当はもうどうでもいい」
「おいっそれどーゆー意味――」
喋ってる途中で、ディアッカには察しが付いたようだった
溜息と共に吐き出したような声で呟く
「…アスラン、か」
「…」
「まだ、死んだとは限らねーだろ」
「死んだわ」
この目で見た
アスランの機体が爆発した
キラを巻き込んで…
アスランは、
だからもう、任務を遂行する事の意味が見出せない
アスランの居ない世界なんてどうなったっていい
私なんて、どうなったっていい
「何でも決めつけるトコ、俺は嫌いじゃないけど」
安っぽい、スプリングの軋む音
ディアッカが立ちあがったのが分かった
数歩分の足音がして
頭のすぐ上で声が聞こえた
「ちょっとはさ、希望つーもん持ってみれば?」
「そんなもの持ってどうするの?」
語尾が震えているのが自分でも分かった
「…」
ディアッカの声が、いつもより優しく耳に届く
「アスランは…死んだの…」
あの状況では、奇跡でも起きない限り助からない
奇跡なんて、起きない
「どうでもいい…任務も、なにもかも」
俯けた顔から涙が零れ出て、床に落ちた
暖かい手の感触
「だから…そーゆーこと言うなって」
ディアッカの手は暖かい事を初めて知った
「本当なら、抱きしめて慰めてあげたいけど、鉄格子越しじゃあねぇ」
「…」
「。任務、続けろよ。アスランは生きてるって絶対」
「…」
「な?」
「…ありがとう、ディアッカ」
暖かい手から逃れるように頭を離した
俯いたまま
ディアッカの顔を見ないまま、部屋を出た
通路に出た所で
堪え切れず、両手で顔を覆い、泣いた
希望も
ディアッカの優しさも
今は何もいらない
アスランはもう居ない
Next
堂々と、お相手はアスランだと書いたにも関わらず
アスラン出てきませんでした…すいません
今回はアスラン死亡扱いです。
ネタ的には古いのかもしれませんが
アスラン自爆事件の辺りの話です。