30:どうしても欲しい
それがどれだけ身勝手なことか
それがどれだけ残酷なことか
あたしは、
知っているのに
「シャニ」
自動的に開いた扉に手をかけ
顔だけ室内に伸ばして小さな声で呼びかける
たいして反響もしなかった声は真っ直ぐ届いて
シャニが僅かに首をこちらに向けた
シャニの隣や斜め前にいたオルガやクロトも同時に
こっちを見たけど、何も言わない
出撃命令が出ていて
少しでも早く着替えていかないと
あのアズラエルにどやされるのに
「急いでるのになんだよ」という言葉も視線も向けてこないのは
もうこれが当たり前になっているから
二人は柄にもなく気を遣ってくれたらしく
無言のまま、中途半端にパイロットスーツを着て
素早く部屋を出ていった
二人の背中を遠くまで見送って、床を蹴る
真っ直ぐに飛んだあたしをシャニが両手で受けとめた
決して優しい掴み方じゃないけど
無器用なシャニが無器用なりに力をセーブしてるのを知ってるから
少々痛くても、気にしない
「シャニ」
もう一度名前を口にすると
「…」
おぼつかないくちどりであたしの名を呼んでくれる
「シャニ、約束して」
もう何度も何度も吐いた言葉
黙って、聞き飽きた筈のあたしの言葉を聞く
シャニの瞳にはあたしが居て
縋るような表情をしていた
シャニの目には、そんな風に映っていたんだ
なんとなくそんなことを思って
区切った言葉の続きを再開させた
「絶対に生きて帰ってきて…」
「…分かった…」
一度目を閉じて、開いて
簡素な言葉だけを呟く
それだけで充分
本当は、分かったなんて言いたくないんだ
本当は、生きて帰ってきたくなんてないんだ
そんなの、知ってる
優しい手つきでシャニの手をほどいて
頬に両手を滑らせて包み込む
冷たく冷え切ったあたしの手
それよりも冷たいシャニの頬
ほんの少し瞳を伏せた顔に近づき
乾いた唇に唇を押し付けた
生きて帰ってきて。
またあたしを、その瞳に映して。
そんな願いを、舌と一緒にシャニの口へ押し込んだ
顔を離して、もう一度頬に触れると
そこは相変わらず冷たい
あたしの中から移る熱なんてない
あたしなんかじゃ、シャニを暖めてあげることもできない
「…そろそろ、行かなきゃね」
「……うん」
あたしの肩に手を置いて横切ったシャニの顔は
髪に隠れて見えなかった
シャニ。
呼びとめようとして、必死に唇を噛んで堪えた
一度も振り返らない背中が滲んでいく
涙なんて流しちゃいけない
シャニは泣くことも死ぬことも許されないのに
シャニは帰ってきたくない
シャニは生きたくない
でもあたしは…
「死なないで…シャニ」
失いたくない
それがどれだけ身勝手なことか
それがどれだけ残酷なことか
あたしは、
知っているのに
それでも
汚い愛情で、彼を繋ぎとめる
End
シャニはあんまり生に執着してなさそうなイメージです。
シャニを失いたくないから
キス(飴)を与えてなんとか繋ぎとめるヒロイン。
というお話
うわ、説明しないと分からない上に
説明文も寒っ