月下の花#あんみつ





という隊士は存在しない
……という事になっている。表向きは
だが、という隊士は確かに存在していて
今も楽しそうに藤堂の隣で刀の手入れをしている

女という理由で正規の隊士になれず
けれど、その剣の腕前を手放すのは惜しいからと“新撰組”所属の隊士となっているのは
どう見ても都合良く利用されているだけなのだ
正規の隊士ではないは、規律に縛られない自由さがある
それをいい事に、がいいようにこき使われているとしか思えないのだ

土方はともかく、沖田や斎藤もなにかと言えばに雑用を頼んでいるし
原田や永倉などはわけの分からない事まで隊務だと言い張ってを巻き込んでいる
だから、自分だけはに頼らない……と心に誓ってみたのだが
早速、誓いは破られた

「……悪いな、

罰が悪そうに謝れば、は笑顔でいいえと言い切った

「あたしが好きでさせて頂いているんです」

そう続けて、手入れする手を止めたはうっとりと息を吐く

「それにしても、藤堂組長の刀は素晴らしいですね」

「そうか?普通だと思うけど」

刀の事は正直よく分からない
藤堂が首を傾げると、そんな事ありませんとやけに強く言い切られた

には頼らない、と誓った矢先に……これだ
藤堂の手入れの手つきをが見かね、半ば強引に取り上げられたのだが
疲れているだろうに他人の刀の手入れなどさせてしまった自分が情けない

せめて、を労りたい
決心した藤堂は立ち上がり、手入れが終わった刀を鞘に納め
満足そうにしているの腕を掴んで引っ張った

「と、藤堂組長!?」

驚くに、ニッと笑いかける

「今日はもう何も用事ないんだろ?ちょっと付き合ってくれよ」

◆◆◆

屯所から少し離れた茶屋
藤堂の向かいに据わるは今、瞳を輝かせながら目の前にあるあんみつを見つめている

「藤堂組長、本当にご馳走になっていいんですか?」

たっぷりあんみつを見つめた後、恐る恐るが問いかけてくる
自分の分のあんみつを口に運びながら、藤堂は手をひらひらと振って見せた

「遠慮しなくていいって、刀手入れしてもらった礼だし」

「では……いただきます」

一口。寒天を頬張ったは途端に顔を綻ばせた

「うまいか?」

聞かなくても、その表情を見ていれば分かるが
敢えて問いかけた藤堂に、笑顔が返された
花が咲いたような笑顔を見て改めて実感する

「……、お前ってさ」

「はい?」

「やっぱ女だったんだな」

「お……女……ですよ?」

戸惑っているのか、呆れているのか
複雑そうな瞳で見つめられ、余りにも当たり前の事を口走っていた事に気付いた

「い、いや、まぁそれは分かってんだけど……ほら、いつもは女らしくないっつーか」

「……」

不味い。言い方を間違えた
目の前には、泣き笑いのような強張ったの顔がある

「た、確かにあたしはこんな身なりですし……しとやかさとは程遠いです」

「ち、違うって!そんな意味じゃなくて……お前って他のどの平隊士より強いし、どんな危険な任務だって絶対失敗しないだろ?だからさ、時々女って事を忘れちまうっつーか……」

早口で捲し立てるが、段々何が言いたいのか分からなくなってくる
それでも、藤堂の必死の言い訳には照れた様に頬を染めた
どうやら“どの平隊士より強い”という一言が嬉しかったようだ

このままいけば、上手い具合に話が逸らせそうだ
藤堂はわざとらしく咳払いをすると、ぎこちなくを見た

「まぁ、だからさ、他の皆もお前の事女って忘れてんじゃねぇかって……ちょっと心配してんだ」

とって付けたようなしらじらしさが、声に混じってしまったが
心配しているのは本心だ
実際、他の幹部連中の小間使いのようにを扱う様は
女という事を忘れ去っているからに違いない

「心配、ですか?」

「ああ。だって、皆の事こき使い過ぎじゃん」

何故か、は柔らかく微笑んだ
思わず心臓が高鳴ってしまう程の、優しい女の笑みだった

「そうですね。皆さんあたしの都合なんてお構い無しですから」

「だろ?」

「でも、あたしはそれが凄く嬉しいです」

「嬉しいって……マジで言ってる?」

「はい!」

元気一杯にが頷く
少し考えれば、納得のいく言葉だった
女が剣を生業にして生きられるような世の中ではない
だから、新選組はとして生きられる唯一の場所で
どれだけこき使われても、苦ではないなのかもしれない
……とはいえ、やはりは酷使され過ぎだと思うが

「ま、お前がそう言うならいいや」

余計な気遣いだったのが、少し照れ臭くて
藤堂は誤摩化すようにあんみつをかき込んで、むせた

という隊士は存在しない
……という事になっている。表向きは
だが、という隊士は確かに存在していて
そして、その少女は藤堂が思う以上に芯が強くて
今は嬉しそうに藤堂へ柔らかい笑みを見せている





end


旧拍手お礼でした。
平助は千鶴に対しても、龍之介に対しても(黎明録の記事を読む限り)優しい、というか
割と世話を焼いてくれるので、最近好感度急上昇です。

「月下の花」での平助は、恋愛関係になる、というよりも
良い友情関係を目指したいな……なんて勝手に思ってます。
平助はヒロインの事を、もちろん女の子としても見ているけど、男友達みたいに思ってたらいいなぁ。

話には入れられなかったのですが
平助とヒロインが町を歩いていたら、兄弟と間違えられそう
そして、必ずヒロインが年上に見られそう

「よぉ坊主!兄ちゃんの買い物か、偉いぞ」とか言われてたら萌えます

あれ……?このネタって公式にありましたっけ?