弔いの炎
夜空を彩る炎。魂をあの世へ送り届ける炎
幻想的とも思える炎が静かに燃えている
「もの悲しい輝きですね」
山南の呟きに、は無言で頷く
炎に送られ、沢山の魂が再び死者の世界へ帰ってゆく
その中に自分が奪った命はどれ位あるのだろうかと、どうしても考えてしまう
死を覚悟で散った命
死にたく無いと、散った命
「君。君が何を考えているのか当てましょうか?」
「え……?」
気がつくと、いつの間にかこちらを向いていた山南がを見ていた
口元にからかう様な笑みが浮かんでいる
考えが顔に出ていたのだろうか、それともただの出鱈目か
山南の笑みから読み取る事が出来ず、はただ熱くなった顔を伏せた
「照れる必要はありません。……命のやりとりを生業としている我々には、この炎はま
た少し特別ですから」
やはり、思考を読まれていたようだ
「あの炎に送られる魂の中には我々が奪った命もあるでしょう。そしていつか、我々も
あの炎に送られる一つになるのでしょう」
「……はい」
「その日まで、君は私の傍に居てくれますか?」
命が尽きるその瞬間まで新選組と共にあれ、という意味だろうか
だとすれば、総長らしい言葉だとは思う
そして、たとえ日陰の存在になっても総長とし振る舞う山南が誇らしい
「はい。この命が尽きるその瞬間まで、あたしは新選組と共にあります」
「……そういう台詞は土方君が喜びそうですね」
山南が困ったように笑う
どうやら、山南が期待した答えではなかったようだ
言葉の意味を捉え損ねてしまったのかもしれない
戸惑うへ、山南は優しく声を掛けた
「深く考える必要はありません……ただの独り言です。それに、これ以上下手な事を口
にすれば私の身が危ないので」
「え?」
ふ、と背後を振り返った山南が
通りの角の向こうを見遣る。送り火を見物する人々で京の夜は賑わってはいるが
ここは秘密の場所とでも呼ぶべきか、山南との他に人の姿は無かった
「よくここが分かりましたね。流石、というべきでしょうか」
無人の空間へと声を掛ける山南
から見れば、壁に話しかけているようにも見えたが
ややあって、曲がり角の向こうから一人の人間が姿を現した
「斎藤組長……?」
驚いたが思わず呟くと、斎藤は決まりが悪そうに顔を伏せた
「盗み聞きとは、あまり良い趣味とは言えませんが」
「い、いや……そんなつもりは……無かったのだが」
ちくり、とした嫌味に、斎藤は狼狽する
時には諜報活動もしている斎藤が、密事を陰からこっそり聞いているという事はあり得
る事だが
個人的に盗み聞きの趣味などないとは承知している
恐らく山南もそれは充分承知しているだろう。承知の上でからかっているのだ
「まぁ、私も抜け駆けしましたから、ここはおあいこという事で」
「あ、ああ……」
すぐにからかうのを止めた山南と、小さく頷いた斎藤は通じ合っているようだが
二人の会話はにはさっぱり理解出来なかった
では私はこれで。と告げた山南がを置いて歩き出し
慌てて後を追おうとしたを視線で制する
「君はもう少しゆっくりしていなさい。斎藤君、彼女を頼みましたよ」
微笑の残し、山南は二人に背を向け通りの角へ消えた
二人きりになったと斎藤はしばらく顔を見合わせ
気まずさに顔を逸らしたは、重大な事実に気付いて思わず声を上げた
「あ!」
「ど、どうした?」
驚いた斎藤がの視線の先を追い、すぐに重大な事実を知る
炎が、消えている
夜空を僅かだけ照らしていた炎の文字は消え、夜の闇に溶け込んだ山がわずかな輪郭を
見せているだけだった
「ど、どうしましょう?」
「……消えてしまったものは仕方が無い」
「ですよね……帰りますか?」
「いや」
やけにきっぱりと斎藤はの提案を却下する
「もう少しだけ、ここに居てもよいか?」
戸惑いながらも、はこくりと頷く
斎藤が少しだけ顔を綻ばせ、それを見たもなんだか嬉しくなってしまう
炎の消えた山を見つめる二人をもし誰かが見ていれば、滑稽だと笑っただろうか
だがそれでも構わないと思った
「いつか」
炎の消えた山を見つめながら
独り言のように、斎藤が呟く
「いつか俺達もあの炎に送られる魂の一つになるのだろうな」
それは、先ほどと山南が交わした会話
「、お前は命が果てる瞬間までどうありたい?」
「あたしは……最期の瞬間まで新選組の隊士として剣を振るいたいと思います」
「そうか。俺も……同じ想いだ」
嬉しそうに、満足そうに斎藤は笑う
とても綺麗で、とても誇らしい笑みだった
end
斎藤さん夢だと言い張ります。
たとえ送り火が途中で消えても、送り火夢だと言い張ります。