月下の花#よざくら
「……綺麗」
もう何度目かの、感嘆の言葉が漏れる
夜空を隠す程に咲き誇った桜は闇の中でも淡い輪郭を浮き立たせていた
首が痛くなるのも構わず、桜を見上げ続けるの隣で
酒の入った徳利と杯を準備していた斎藤が口を開く
「本当ならあんたも昼の宴に呼んでやりたかったのだが……夜の桜で我慢してくれ」
昼の宴。
局長副長を始め幹部一同と一部の平隊士、そして雪村千鶴が
花見の宴を開いた事はも知っていた
正直羨ましいとは思ったが、容易に参加出来る立場でない事は理解している
だから、すまなそうな斎藤に向けは力一杯首を振った
「いいえ、自分の立場は弁えているつもりです。なのにお気遣い頂いて……申し訳ないです」
「別に遠慮する必要はない、あんたにも息抜きは必要だろう」
「そうそう。昼間呼んであげられなかったお詫びだと思って楽しんでよ」
杯を持ち、一足早く宴を始めていた沖田の一言に
は申し訳なさそうな瞳を伏せ
斎藤は冷たい一瞥を沖田へ寄越していた
夜の桜でも見に行かないか。と部屋を訪ねて来た斎藤に連れられ
屯所を出ようとした所で、沖田と出会った
そして成り行き上、三人での夜の花見となったのだ
「夜の桜も中々風情があっていいね。“偶然”ちゃん達に会えて良かったよ」
「偶然……?」
何か言いたげに鋭い視線を向けた斎藤に
沖田はにっこりと笑い返す
「どうしたの?一君、そんな怖い顔して。折角の夜桜を楽しみなよ」
「……」
不機嫌そうな斎藤と、笑みを絶やさない沖田
対照的な二人の間には一触即発の雰囲気が漂っている
咲き誇る桜の下に突如漂った不穏な空気に怯えたは慌てて徳利を持った
「そ、そうですよ!折角のお花見です、楽しく呑みましょう?」
杯を斎藤へ強引に押しつけ、酒を注ごうとする
だが、斎藤の手に素早く徳利を奪われると
杯を押しつけ返されてしまった
「今宵はあんたの為の宴だ。俺が酒を注いでやろう」
「僕が注いであげるよ。お酌は慣れてるんだ」
「え……あの……?」
斎藤と沖田、二人から徳利を傾けられは戸惑ったように二人を交互に見た
「か、幹部の方にお酒を注いでもらうなんて滅相もないです!」
「遠慮するな、今宵は無礼講だ」
「いいからいいから、今夜は無礼講だよ」
同時に言った斎藤と沖田が、を挟んで睨み合う
再び一触即発の雰囲気が漂い、は胆を冷やした
「この宴の主催者は俺だ。酌は譲れ、総司」
「あの、斎藤組長……」
「抜け駆けしてちゃんを連れ出した人は少し大人しくしててくれないかな」
「……えと、沖田組長」
ただの酌に何故そこまでこだわるのか
理解出来ないと、火花を散らす二人の幹部
それらをまとめて嘲るような低い声が、穏やかな風と共に耳に届いた
「さながら花にたかる虫のようだな」
侮蔑を含んだ、揶揄の言葉
今度こそ空気が凍てつき、斎藤と笑みを消した沖田、そしてが
一斉に声の方へ顔を向けた
声の主は杯を片手に、喉を鳴らして笑う
「尤も“花”と言っても雑草の如き名も無き花だがな」
二人の男を煽るのには充分過ぎる言葉を吐き
風間千景は悠々と杯に口をつけた
「……俺達を愚弄する気か」
「折角今日は見逃してあげてたのに……やっぱり斬らないと落ち着かないなあ」
殺気を剥き出しに、ゆらりと立ち上がりかけた斎藤と沖田を
焦った声でが止める
「まままって下さいお二人共!」
自らを鬼と名乗る、新選組と因縁の深い風間とはこの場所で偶然居合わせ
双方が刀を抜く勢いで対峙したのを必死に宥めたのはだった
折角の桜を血に染めてしまうのは悲しいし
達も風間もここへ来た目的は同じだったからだ
見事な桜は誰のものでもない。
の言葉を渋々受け入れた斎藤・沖田と風間はお互いの存在を完全に無視するという形で、それぞれの花見を開始したのだが
今、斬り合いになれば先ほどの努力が水の泡になる
としても、愚弄される事が平気なわけではないが
折角の夜桜を台無しにしたくない気持ちの方が大きい
なんとか二人の幹部を落ち着かせようと、は懸命に言葉を紡いだ
「む、虫は作物を育てる為には必要です!それに、雑草のような花の方があたしは好きです」
踏みつけられても踏みつけられても耐え忍び
最後には小さくても立派な花を咲かせる名も無い花。
それはの理想とする所でもある
そんな思いで語ったを、幹部二人だけでなく風間までもが間の抜けた顔で見つめた
「ちゃん……それで慰めてるつもり?」
「う……強引だとは分かっています。でも、本当の事です」
「そうだな、確かに虫も役に立つ」
上げていた腰を下ろし、斎藤が言う
「うん、僕も雑草みたいな花が好きかな。素朴で可愛いし」
呆れながらも納得したらしい沖田も腰を下ろし、は内心安堵した
「ふん。馬鹿には何を言っても通じぬか」
風間は相変わらずの憎まれ口だが、それ以上噛み付いてこようとはせず
再び桜の木の根元に腰を据えると、手酌で酒を呷っていた
小さい内に火種を消せた事に、ひとまず胸を撫で下ろしたは
改めて風間へ注目した
紅い瞳はもう達の事など忘れ去ったかのように、ぼんやりと桜を見つめている
因縁の相手ではあるが、その光景は綺麗だと素直に思った
「良かったら、お酌しようか?」
風間の隣に立って、そう申し出たのはだいぶ酒もすすんだ頃だった
この頃にはお互いの存在を完全に消し去り、それぞれに夜桜を楽しんでいた
意外そうにを見た風間は、やはり嘲る笑みを浮かべる
「桜よりも貴様を愛でたがっているあの虫共の相手をしなくていいのか?」
「嫌な言い方」
顔を顰めたへ、本当の事だと風間は笑う
「まぁ今日だけは大目に見てあげる……実は今お二人とも議論の真っ最中で、あたし居場所が無くて」
議題は近藤と土方に関する事で、ただの言い争いなのだが
慣れているはとばっちりを受ける前に早々に退散していた
「だから、少しだけここに居させてよ。お酌位はするから」
「ふん。俺の酌をしたいのなら、もう少し着飾ってから来い」
尊大な物言いに、は不服そうな瞳を向ける
確かに己の格好は味気がなさ過ぎる
だからと言って、服装など今は関係ないと紗夜は思う
「お酌をするのに見目は関係ないでしょ」
「大いに関係がある。貴様は煤を被った薄汚い満開の桜を愛でる事が出来るか?そんな桜の下で呑む酒を上手いと思うのか?」
風間の理論は滅茶苦茶だ。だが納得してしまいそうになり
は慌てて首を振った
「つまり、今のあたしは煤を被ったように薄汚いって言いたいのね」
「救い様のない程の馬鹿という訳でもないようだな」
肯定の言葉に、の笑顔が引き攣る
同じ様に夜桜を愛でる心を持っていても、やはり気が合いそうにない
それでも、すぐに元の笑顔になれたのは
酒の力も手伝っていたのかもしれないが、落ち込む必要など無かったからだ
「薄汚くても構わないわ。たとえ煤にまみれても、血で汚れても、あたしがあたしで居られるならその方がいいから」
風間は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが
無言で杯をへ突き出した
酒を注げ、という事なのだろうか?
煤まみれの女の注ぐ酒など不味いのではないか。と憎まれ口を叩きたかったが
結局は大人しく酒を注いでやった
「……勿体無い女だ」
杯を見つめながら、風間が呟く
一体何が勿体ないのか
が問おうとした時、ひらりと舞落ちて来た花びらが一枚
風間の杯に浮かんだ
透明な酒の上に可憐な花びら
花見酒の完成に、問いなどどうでもよくなったは顔を綻ばせた
end
遊戯録の花見大会(?)の夜のお話という設定です。
昼のお花見に誘えなかったお詫びを口実に、二人で夜桜に行きたかった斎藤さんと
それを邪魔したかった沖田さんと
本当に偶然居合わせた風間
アンケートトップ3の登場ですが、若干逆ハっぽい仕上がりになってしまいました。
実際の「月下の花」本編では、もっと皆の心情や関係性はだいぶ違ったものになるかと思います。
特に風間とは、こんなに穏やかな関係になるかどうか……
ただ、折角のアンケお礼なので皆に愛されてる、という感じで