「惜しかったね。あともう一歩だったのに」

同情的な言葉。けれど、同情の欠片もない声音
振り返れば、友好的に見せかけているだけの笑顔とぶつかった

沖田総司。
剣術の腕前は相当だという噂は決して誇張されていない事を今日、実感した

その沖田さんが、何故ここに居るのだろう
隊士に成り損ねたあたしなんかに、何故声を掛けたのだろう
疑問は溢れるものの、とりあえず当たり障りのなさそうな返答をする

「ええ……。けれど、駄目だったものは仕方ありません。別を探します」

「別、ね。あるのかな?」

無い。とその声は、その目は言っている
あたし自身も正直可能性は低いと思っている
だって、ここが最後の望みだったんだ。あたしでも雇ってくれそうな場所は
それでも、刀しかないあたしは探し続けなければいけない

「確かに君の腕前は確かだよ?けど、オンナノコを雇ってくれる所なんてあるのかな」

容赦なく口にされた真実。思わず言葉に詰まる
沖田さんの言う事は正しい
女の剣士なんて雇ってくれる場所など京にも江戸にも無いのかもしれない
それをオカシイとは思わない
剣術を生業にしようとしているあたしは、世間の常識から外れている事も十分承知だ
たとえ非常識だと白い目で見られようと
あたしは刀を持ち続ける
だって、あたしにはこれしかないから

黙り込んだあたしに何を思ったのか、沖田さんは挑発的な笑みを深めた

「けど、君も可哀想だね。女の子って理由で折角の才能も生かせる場所が無いなんてさ」

「……」

同情しているようで、やはり同情の欠片もない言葉
いたずらにあたしの心を逆撫でするだけの声音

「悔しい?女だっていう理由だけで認められないって。悔しいよね」

沖田さんは、何が言いたいのか。何をしたいのか
あからさまな挑発だと知りながら、あたしは堪えきれずに叫んでいた

「悔しいかって?悔しいですよ!決まってるでしょう!?」

あたしにはこれしかないのに
誰も見ようとしない、誰も認めようとしない

「必要なのは強いかどうかでしょう?性別なんて取るに足らない瑣末な問題だわ!」

溜め込んでいた不満を沖田さんにぶつけ
肩で息をするあたしを、ほんの少し圧倒された素振りで沖田さんは見つめている

「……瑣末な問題って、言い切ったね」

けどさ、と言葉を区切り
敵対するまなざしと態度を見せるあたしを、見下すように射た

「瑣末な問題じゃないって本当は分かってるから、男のフリなんかして挑んだんじゃないの?」

「……え?」

男のフリ。
確かに、今のあたしは袴姿だし腰には刀を差しているし
髪も適当に縛っただけで何の飾り気もない
けど、それは別に性別を偽ってるわけではない

「お言葉ですが、あたし性別を偽ったりしてません」

「あれ、そうなの?」

意外そうに驚いた表情。どこかわざとらしい

「はい。志願書も本名で出してますし」

尤も、あたしの志願書を確認した隊士の方は
まるで女みたいな名前だなと笑っていたので、完全にあたしを男だと勘違いしていたけど

「けど、男みたいな格好してるじゃない」

「それは、袴の方が動き易いからで」

「なら、身体測定の時脱ぐのを躊躇ったのは?女だとバレるからじゃないの?」

沖田さんの言葉はどこまで本気なのだろうか
本当は全て分かっている事をわざわざ問うているようにしか思えない
それに、あまりにも下らない質問だったので
あたしはついついため息を吐き出してしまった

「……普通、平気で肌を曝す女は居ないと思いますけど」

それでも、何も隠す事のないあたしは脱ぐ決心をした
着物を脱ぎにかかるあたしを止めたのは土方副長だった

――もういい。悪いが、女を入隊させるわけにはいかねぇ

その一言で、あと一歩まで迫っていた入隊は白紙に戻った

「まぁ、そうだね。なら本当に君は正々堂々と入隊試験を受けてたわけだ」

「はい。すぐバレる嘘なんてつきません」

堂々と宣言すれば、もう我慢出来ないといった風に沖田さんは吹き出した
今までずっと笑ってはいたけれど
今度こそ、挑発的でもなく蔑んでもない笑顔

「うん、いいね。僕は気に入ったな」

ひとりで頷く沖田さんを、ただ見つめる
売られた喧嘩は買う姿勢で対峙していたあたしの勢いは行き場を失ってしまった

「えっと、君、何ちゃんだっけ」

「……です」

名を聞かれ、悔しいので姓で返す
沖田さんは気にする風でもなく、君ねと呟いた

君。君、その腕を生かせるのならどんな場所でもいい?」

唐突だ。あまりに唐突な質問過ぎて戸惑う
それでも、すぐに頷く位の冷静さはあった

「そう。なら問題ないんじゃないですか?この子、合格って事で」

沖田さんはあたしにではなく、自分の背後に話しかけた
なんだかあたしはもう、沖田さんの言動や行動を理解しようと努力する事を放棄していて
沖田さんが背を預ける門の陰から、新選組副長である土方さんが姿を現しても
なんだ話をずっと聞いていたのか、位の感想しか浮かばなかった

「覚悟はあるか?」

静かな、深く重い土方さんの声
まるで闇が誘うような、何故かそんな印象を受けた

「その腕を生かせるのなら、どんな覚悟でもするか?」

すぐに言葉が出なかったのは、怯んでしまったせい
どんな場所でも、どんな仕事でもいいという決心が一瞬揺らいでしまう程
土方さんは、一切の感情を消し去ってあたしを見ていたから

けれど、あたしがあたしとして存在できるのならば
答える言葉はたったひとつ

逢魔が刻
空には夜が迫り
足下には夜よりなお深い闇が迫る

「この腕を生かせるのならば、どんな覚悟もします」

覚悟の意味も分からないまま、あたしははっきりと宣言し
無意識に腰の刀を握りしめる

それはあたし、が昏い昏い闇に自ら足を踏み入れた瞬間だった




月下の花#序章





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新連載、始めてしまいました。
薄桜鬼で女隊士設定は難しいかな、と思っていたのですが
羅刹隊で無理やり解決しました。
実は最終的なお相手はまだ決まってなく、アンケートで決めたいなぁなんて思ってます。
アンケートはホームにあるので、是非ポチッとしてやってください。(期限は5月いっぱいまで)

仲間である新選組隊士と恋に落ちるのか。
敵である鬼と恋に落ちるのか。

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