月下の花#1
雷を落とされるものだと覚悟していたあたしは
頼みがあると言った土方さんの言葉に、間の抜けた顔を返事としてしまった
「おい、聞いてんのか?」
「……へ?あ、も、申し訳ありません。えっと……頼み、ですか?あたしに?」
慌てて背筋を伸ばし、しどろもどろに返答する
先日の失態についての沙汰で呼び出されるのなら、まだ納得がいくのに
わざわざ昼間に呼び出してまでの頼みとは一体何なのか
全く見当が付かない
「いちいち説明するより、見てもらった方が早ぇな」
一から丁寧に説明する気はないらしい
土方さんが「総司」と声を張り上げると、いつの間に待機していたのか
すぐに障子が開き、沖田組長が入って来た
「やぁ、久しぶり。君」
目が合うと、沖田組長はにっこり笑って挨拶してくれた
相変わらず読めない笑顔に向けて、あたしはぺこりと会釈する
……そういえば、沖田組長はあの失態の後始末をしてくれたんだ
こちらに来る機会が無かったからまだお詫びとお礼を言っていない
遅くなったけど。と思いつつ、お詫びとお礼をしようと立上がりかける
けれど、沖田組長の後に続く小柄な人物に気付いたあたしは膝を立てたまま
ぼんやりとその人物に注目した
「頼みってのはコイツの事だ」
土方さんの、副長としての声音で我に返る
慌てて立てていた膝を直し、土方さんに向き直る
「副長、あの、この子は……?」
「色々あって、ウチでしばらく“保護”する事になった」
「もしかして、先日の失敗を目撃した例の少年ですか?」
土方さんが眉を寄せ、渋い顔を作る
わざわざ確認するなと言いたげな顔だった
思った事をそのまま口にしてしまった事を、ほんの少し後悔する
先日の失敗を目撃した少年。
それならば、この少年はあたしが“処理”できなかった失態の結果という事になるのか
苦々しい気持ちで少年を見つめたあたしは、ふと少年に違和感を感じた
違和感?
違う、それは違和感ではなくて間違いだ
「君、そんなに見つめてたらこの子が怯えるじゃない」
沖田組長の言葉通り、その人は小さな背を余計に縮めて俯いていた
あたし、そんなに怖い目つきしてたのかな
「そいつに見覚えでもあるのか?」
問われ、土方さんに向き直る
「いいえ、初めてお会いします……ただ、聞いていた情報と違ったので」
「違う?」
「はい。あたしは“少年”だと聞いていたのですが」
今、目撃者だと連れて来られたのは少年なんかではなく少女だ
まぁ、少年だろうが少女だろうが、誰かに目撃された事実に変わりはないんだけど
あたしの発言を聞いた土方さんと沖田組長はそれぞれ苦笑いといじわるな笑みを浮かべた
「まぁ……普通は気付くよな」
「強引に言っちゃえば、君も似たようなものだしね」
「あたしが似てる……?」
言われた意味が分からず、沖田組長に疑問の視線を投げる
楽しそうな沖田組長がさらりと答えた
「男装」
それは、強引というか、あたしとしては少々不満な括りだ
あたしのは、動きやすさを追求した結果袴姿なだけで、決して男装ではない
ああ、でもそうか
彼女は男装のつもりだったのか
よく考えれば、好き好んで袴を履く女は居ないんだから
けれど、男装していたのなら、少年と間違えられたのも分からなくはない
土方さんの言う通り、普通は気付くけれど、中には気付かない人もいるだろう
……永倉組長辺りとか
「けれど、どうして男装なんですか?」
素朴な質問に、彼女はぽっと頬を染めた
そんなに恥ずかしい理由なのだろうか
あの、と声を発した彼女を遮って、疑問に答えてくれたのは沖田組長
「身の安全の為だったらしいよ?ほら、女の子の一人旅なんて危険がいっぱいじゃない」
「あぁ、なる程」
なら、彼女はどこか遠くから京にやってきたのか
一体何の理由で?
その疑問に答えてくれたのは土方さんだった
土方さんの簡単な説明によると、彼女の名は雪村千鶴
雪村綱道氏のご息女だという
行方不明になった綱道氏の身を案じて、江戸からはるばるやって来た
拙い男装で。危険を冒して。
そして京について早々、アレを目撃してしまったわけだ
あたしは改めて、彼女を見つめる
そういえば以前、あたしと同じ年の娘がいるのだと、綱道氏が言っていた
懐かしそうに話す顔は、やさしい父親そのものだった
「そういう事でウチで保護する事になった。屯所に置いとく為に男装を続けて貰ってるっつーわけだ」
男装の理由で締めくくられた説明に、深く頷いた
確かに、屯所で生活する為には男でなければならない
女だとバレてしまっているあたしは、屯所内で生活出来ない
……というか、存在自体が秘匿されているんだけど
その点では、同じように秘匿された存在の新撰組に籍を置く事はやっぱり当然なのだと思う
なんて、思考に耽っていたら、土方さんの話はいつの間にか本題に入っていた
「で、だ。、お前にコイツの監視の一部を任せる」
「監視……ですか?」
秘密の一端を知られている以上、逃げられる訳にはいかない
だから、監視をするのは理解できる
けれど、
「あたしが屯所内へ頻繁に出入りしても問題ないのでしょうか?」
「一応コイツの部屋の周りは幹部以外近づけねぇようにしてある。それにだ、お前も平隊士に見つかるようなヘマはしねぇだろ?」
ヘマをしない。のではなく、する事は許されない
言外の脅しに、鬼副長の一端を見て、あたしはもちろんですと引きつった笑いを浮かべた
「やっばり土方さんは優しいなあ」
言葉とはうらはらに、揶揄するような響きのある声
みんなが沖田組長に注目する
「君を頻繁に屯所出入りさせてまで監視を頼むのは、この子の為を思ってですよね」
「どういう事ですか?」
と、問うてみたけれど、沖田組長が言おうとしている事はなんとなく分かってしまった
土方さんは本当に優しいのだ。これは嫌みではなく本心
「つまり、女の子同士の方が気も休まるだろうし、色々頼みやすいって事だね」
「それは、確かにそうですね」
土方さんは反論しない。多分当たっているのだろう
「それに、僕達幹部の事もちゃんと考えてくれてるみたいですし」
「……負担が減るという事ですか?」
「まぁ、そんなトコなんだけど。ほら、やっぱり殺さなきゃってなった時、君の方が適任だからさ」
沖田組長の背後で彼女が声を上げずに顔をひきつらせた
あたしはその様子を見つめながら、なる程と呟いて感心した
幹部の方はみんな優しいから、こんなにか弱い少女を殺す事に抵抗がある筈だ
その点あたしなら、まだ抵抗は少ないのかもしれない
土方さんはそこまで考えていたのだろうか、と様子を伺ってみる
土方さんは額に手を当ててうなだれていた
「何がなる程だ……納得してんじゃねぇよ」
疲れた土方さんを沖田組長は楽しそうに眺めている
なんだ、沖田組長の悪い冗談だったのか
「コイツは綱道さん探しの大事な手掛かりだ。だいたいお前に汚れ役ばっか押し付けるわけにゃいかねぇだろ」
「はぁ……」
「あんまり説得力ないみたいですよ、土方さん」
あたしの生返事をよくない方に解釈したらしい、沖田組長がからかう声をあげる
あたしは慌てて弁明する
「ち、違います!あたしは副長のご命令なら、それを汚れ役なんて思いません……と、思っただけです」
土方さんには恩がある
女のあたしに、剣で生きる道を与えてくれた事
だから、どんな命令でも遂行する覚悟はある
口を引き結んで、真剣に土方さんをみたあたしに返されたのはため息だった
「お前、最近どんどん斎藤に似てきたな……」
「……僕も同感です」
……誉められているのだろうか?
誉められている、と思っておこう
珍しく同じ意見で頷き合う二人を、新たな任務の対象者である雪村千鶴がやはり珍しいものでも見る顔で見つめていた
next
一般の隊士には隠されたヒロインの存在は、幹部や観察方位にしか知られていません。
羅刹ではないけど、生活は羅刹隊と一緒にしています。……ハードだ
どうやら、隊務に関しては、斉藤さん並に生真面目らしいです。
斉藤さん、山崎さんに続く土方信仰者だったりします。