荊
整った顔に焦りを浮かべ、道行く人々に視線を走らせる
一歩も外に出るなときつく言い聞かせておいたにも関わらず
少し目を離した隙に屋敷を抜け出してしまった
大人しく自分の言う事に従っていればいいのにと薫は思う
自由も意思も必要ない。命すら薫の手の中にある
なのに何故、そんな存在に手を焼かされなければならないのか
「くそっ何処に居る……」
苛立の含んだ声で、憎い憎い妹の名を呼んだ
◆◆◆
無言で立ち尽くすを、やはり無言の薫は蔑むように見た
足袋が血を吸い込んで赤く染まっている
なに不自由なく、ぬくぬくと育てられたを汚しているようで
愉快な気持ちが込み上げて来る
意図せず、笑みが浮かぶ。妖艶で、狂った笑みを
『俺の父さんと母さんもこんな風に殺されたんだ』
家を焼かれ、本当の妹とは離ればなれ、そして両親は殺された
傷つくだけ傷ついた薫に南雲家は何をしたか
は知っているだろうか?を優しく抱きしめ、愛おしく頭を撫でていた同じ手が薫を容赦なく傷つけた事を
血の海に沈む、南雲家の者達
そのひとつである父親へ、跪いたがそっと触れる
身に纏う綺麗な衣服も、白く小さな手も血で汚れていく
泣けばいい。泣き叫んで、死にたくないと懇願すればいい
嗜虐的な思いで見つめる薫の思惑に反し
は瞳にいっぱいの涙を溜めながら、それでも堪えるように唇を噛み締めた
その態度が、癪に障った
『泣けよ!親が殺されたんだぞ!?お前だって今から死ぬんだ!』
大股で近付き、の首筋に血に濡れた太刀を振り下ろし寸前で止める
ゆっくりと顔を上げたが涙を溜めたまま薫を見上げる
『怖いだろ?死にたくないって言えよ!』
『……ころして』
一瞬、の発した言葉の意味が分からなかった
怯んだ隙をつくようにが立上がる
相変わらず、今にも涙が零れ落ちそうな瞳に強い意志を宿す
『とうさまたちと同じように殺して。も、南雲だから』
南雲だから。
だから、自分も南雲の罪を負うというのか
一体が何を知っているというのだろうか
薫の半分程しか生きていないが、一体何を
剣を下ろしたのは、にの覚悟に怯えたからではない
まだ殺すのは早いと判断したからだ
は生きる必要がある。生きれば生きる程未練が生まれる
が生きたいと願った時……その時こそ
◆◆◆
その広場から響く笑い声がだと気付くまでに少し時間が掛かった
ようやく見つけたという安堵よりも、笑った声を久々に聞いたという事実に驚く
そして、もうひとつ驚く要素があった
「つぎは総司のばんだよ!」
「はいはい。じゃあ、十数えるからね」
よりにもよって、と共に居るのは沖田だった
一難去ってまた一難。意を決した薫は意識的に女の声でを呼んだ
「!こんな所に居たの?」
沖田の側から駆け出そうとしていたと、手で顔を覆っていた沖田が
同時に薫へ顔を向ける
「君は……」
「薫!」
弾んだ声と満面の笑みで薫を見るの姿に、正直戸惑う
京へ来てからのは、注意深い瞳で薫を監察していた
こんな風に年相応の表情を見るのは久々だった
内心の動揺を隠しながら、沖田に微笑みかける
「こんにちは、沖田さん」
「この子、君の知り合い?」
「え、ええ……私の妹です」
沖田はと薫を見比べ、あまり似てないねと呟いた
何かを見透かすような言葉に、薫はひやりとする
今日はこれ以上関わるべきではない。を沖田に関わらせるべきではない
「迷子になってしまって、探していたんです。沖田さんが保護して下さったんですね」
「うん、まぁ、そんな所かな」
「ありがとうございました。さ、帰りましょう」
沖田の手前、柔らかい口調で優しく笑いかける
は僅かに顔を曇らせ、小さな声でもう少し遊びたいと呟く
「駄目よ。沖田さんはお忙しいの、迷惑が掛かってしまうわ」
「でも……」
帰れば、二度と沖田とは会えない事をは理解しているらしい
「また来ればいいよちゃん。僕はいつでも待ってるよ」
のんびりと沖田が笑い、が一層顔を曇らせる
そんなに沖田が気に入ったのか。そう思うと苛立が込み上げてきた
感情を顔に出さないよう、笑顔を貼り付ける
「沖田さんがそう仰ってくれているから、また今度ここへ来ればいいわ」
「ほんとう?」
縋るような瞳に、頷きかける。そんな自分は嘘が上手くなったと思った
「じゃあ、じゃあまたね、総司!」
「うん。じゃあね、ちゃん」
大きな手で頭を撫でられ、が嬉しそうに笑う
その光景が、気に入らない
薫の元へ駆け寄ったの手をしっかりと掴み、沖田に一礼してその場を去った
繋いだの手が火照っている。きっと走り回って遊んだせいだろう
不快で仕方が無いが、逃げないようにしっかりと握る
「薫……おこってる?」
「怒ってないように見える?」
「ころしたくなった?」
耳を疑う。まさか、屋敷を抜け出したのはわざと怒らせる為に?
気付けば、がじっと薫を見上げていた
あの時のように、強い意志を持った瞳で
屈み込み、目線の高さを合わせて薫は笑った。妖艶で狂った笑みを
「まだだよ。まだお前には未練が足りない」
そうだ。と薫は閃く
「そんな事を考えるより、子どもらしく外で遊べばいい……沖田の所、また行っていいよ」
「……え」
静かに驚くへ、柔らかく微笑む
は沖田を気に入っている。沖田もを気に入っているようだった
二人が近付けば近付く程、引き裂いた時の絶望は深い
なんて素晴らしい悲劇だろう
けれど、心が軋むように痛むのは何故だろう
嗜虐に酔う気持ちとは裏腹に、薫は苦しげに悲鳴を挙げた心に気付かない振りをした
end
元・拍手お礼です。
お礼のくせに、こんな暗い感じですみませんでした
ドロドロした薫と、薫VS沖田が好きです。