過去の火
半分朽ちたような戸を開け、家主に断りも無く堂々と奥へ進む
慎ましいと言えば聞こえがいいが、要は狭いだけの室内へと続く襖を開けると
何か書き物をしていたらしい薫が手を止め、じろりと侵入者を見上げた
「何か用?」
無断で家内に侵入した事を不快には思っているようだが
薫は批難を口にはしなかった
侵入者である風間も悪びれる様子は無く、やはり堂々とした態度で薫を見下ろした
「雪村に会いに来る以外、訪ねる理由は無い筈だが?」
「……姉様なら此処には居ないよ」
苛立を僅かに滲ませた声で、薫は吐き捨てるように言ったが
風間の態度に腹を立てている訳ではないようだった
「ならば貴様の姉は何処へ行った」
「連れ攫われたんだよ。土方に」
連れ攫われた、というのは薫の誇張だろうが
薫が何に腹を立てているのか合点がいった
同時に、風間の中にも怒りが込み上げてくる
人間風情に先を越された悔しさと、それが土方だという苛立ち
「何処までも忌々しい男だ」
風間は持て余す怒りのままにそう吐き捨てた
「燃えているな」
幻想的とも言えるその炎を目にして、感想はたったその一言かと
土方はがっかりと肩を落とした
「お前な……もうちょっと他に言いようってもんがあるだろ」
「燃えているから燃えていると言った。他にどんな言いようがある」
腕を組み、不服そうにが土方を見る
情緒を感じる心がないのか。喉まででかかった言葉を飲み込む
口にすれば確実に喧嘩になるだろう
それでは意味がない。敵意を隠しもしない薫の視線に耐えながらもを連れ出した苦労が水の泡になってしまう
遠くに聳える山には今、炎で描かれた文字が浮かんでいる
魂を送る炎
恐らく見た事が無いだろうに見せてやりたかった……というのは口実で
単にを連れ出したかっただけのだが
土方でさえ感慨深くなる炎の文字を「燃えている」の一言で済まされてしまっては
つい肩も落としてしまう
「まぁ、感想は人それぞれだろうけどよ」
それでも、己を納得させるように呟くと
は土方から再び燃える山へ視線を戻した
しばらく無言で山を睨みつけていたがぽつりと漏らした
「……炎はあまり好きじゃない」
その呟きが少し唐突で、土方は驚いての横顔を見つめた
「炎は全てを焼き尽くすだろう?赤い炎は……絶望の色だ」
の瞳に焼き付けられた絶望としての炎
ほんの僅かだが、絶望に染まったの過去を垣間見た気がして
土方は、をここへ連れて来た事を後悔した
反応が無い事を不審に思ったらしいが土方を見
なんだその顔は。と言って苦笑した
「そんな情けない顔をするな、気遣われているようで不愉快だ」
の不愉快な顔なら見慣れている
だから、不愉快だと言うの言葉が嘘だとすぐに見破れた
今度は柔らかい瞳では燃える炎を見つめる
「……炎は好きになれないが、お前と同じ景色を見るのは悪くない」
意外な言葉。咄嗟に返せる言葉が見つからず、続くの言葉を待った
「だから、私をここに連れて来た事を後悔するな」
「……ああ、分かったよ」
なりの気遣いだろうか
なんとか声を絞り出し、返答する
「全く、手間のかかる男だ」
「うるせぇ」
偉そうなの態度が気に入らない
ふてぶてしく返した土方の声も、拗ねた子どものようで情けなかった
結局、仲良く大人しく何かを見る事など土方とには不可能なのかもしれない
けれど、と土方は密かに思う
言い合いながら、それでも二人は同じ景色を見ている
たとえ楽しいものでも悲しいものでも、これからも同じ景色を見つめ続ける事が出来れば
それは案外、悪くはないのかもしれない。と
end
一足遅いちー様と、イマイチ決まらない土方さんと、どこまでも上から目線のヒロイン。
ノワールはだいたいそんな感じかもしれません。
そんな常に上から目線の姉様も、過去の惨劇を思い出す炎は苦手です。