※「ノワール」本編の流れとは全く無関係な番外編です。そして非シリアス
ノワール#刀と乙女
昼下がりはどことなく弛緩した空気が流れ
示し合わせた訳でもないのに、幹部連中は一所に集まって
各々のんびりと過ごしていた
門の番をしていた平隊士を振り切り、薫がそこへ駆け込んだのは
何も起きねぇってのもたまには良いもんだ。と永倉がのんびり言った直後だった
平隊士の怒声を背に負って、文字通り部屋へ転がり込んで来た薫に
一番に反応したのは沖田
「へぇ、珍しいお客さんだね」
言って、もう手は腰の刀に伸びている
「ひ……」
息も絶え絶えの薫は、沖田の反応に目もくれない
いつも余裕を見せるその表情は、焦りで一杯になっていた
「ひ、土方……土方は、どこ?」
「土方さんなら、自分の部屋だぜ?」
薫の様子に何か尋常ではない雰囲気を感じた原田が答える
「部屋……?案内しろよ!」
「案内“して下さい”でしょ?口の聞き方も分からない子に教える程、僕たちは親切じゃないんだけどな」
「うるさい!いいから案内しろよ!姉様の……一大事なんだ!」
「一大事?なんだ、変なモンでも喰って腹でも壊したのか?」
書き物の手を止め、訝しげな顔で土方が問う
暢気な言葉に、当然のように薫は噛み付いた
「そんな訳ないだろ!卑しいお前等と一緒にするな!」
「卑しくて悪かったな。で?その卑しい俺に何のようだ」
「だから、姉様の一大事なんだって!」
「まあ落ち着け。その一大事について詳しく話してくれねーと分かんねえだろ?」
取りなすように原田が言う
落ち着けと手で制され、薫は乗り出した身を戻した
新選組副長の部屋といえども、広い訳ではない
土方と薫、案内の原田と沖田、そして野次馬の面々が入れば
部屋の中は容易に身動きが取れない程の密集率になった
皆が薫に注目する
酷い居心地の悪さを覚えながらも、薫はつい半刻程前の出来事を語り始めた
半刻前。
薫と姉のがのんびり茶を啜っていた時、風間が家に押し入って来た
風間が無断で家に踏み込んで来るのは初めてではない
は相当不愉快そうな態度で風間を追い返すべく暴言を吐いていたが
風間の様子がいつもと違った。強引にの手を掴み引き寄せる
待ち草臥れたので、今日こそは無理矢理にも連れ帰る。それが風間の言い分だった
腕を引かれたは、かなり嫌そうな顔をしていたが
不思議な事に抵抗らしい抵抗を見せない
ただ、刀を抜いて風間に立ち向かおうとした薫を制し、申し訳なさそうに微笑んだ
『姉様の事は案ずるな。お前は千鶴の元へ行って遊んでおいで』
そうしては、大人しく風間に攫われていった
「姉様が抵抗しなかったのは……俺を危険に晒さない為だったんだ」
一通りの説明を終えた薫の声が震える
「千鶴の元へ行け。と言ったのは、土方に助けを請えって事なんだと思う……」
自分は守られる存在で、が土方を頼った事実は悲しい
薫としては、土方に助けを請うのはまっぴら御免だったが
がそれを望んでいたし、何よりどんな手を使っても
を助け出したかった
「だから……お願い、姉様を助けてよ……」
堪えていた涙が零れる
頭を下げるのは癪だったが、精一杯土方に誠意を見せたつもりだ
「おい、土方さん。どーすんだ?」
押し黙った土方へ、原田が問いかける
「いいんじゃないですか?たまには、悪者から捕われの姫君を救い出す正義の味方になってみても」
珍しく、沖田が薫の肩を持った
皆が見守る中、険しい顔で何事か思案していた土方がゆらりと立ちあがる
「ったく。何処まで人に迷惑かければ気が済むんだ、あの女は」
悪態とはうらはらに、土方の瞳には闘志がみなぎっていた
◆◆◆
あの雪村が簡単に捕まるとは思えない
それでも、は風間に捕われた
「案外、土方さんに助けて欲しくてワザと捕まったのかもな」
道中、原田はそんな事を言って土方をからかった
ありえない。と土方は思う
もしもが土方に助けだされるの事を夢見て捕えられたというのなら
結構可愛い所も……ではなく、やはり気味が悪い
「もしそうだとしたら、やっぱり変なモンでも喰ったんだろうな」
「照れ隠し」
「うるせえ」
くすくすと笑う沖田に、拗ねたような声を返す
恐らく風間は薩摩藩邸に居るだろうという薫の推測を信じ
原田と沖田を引き連れ、土方は薩摩藩邸の裏手にやって来た
流石に、表から堂々と入る事は出来ない
こっそりと忍び込んでいると、なんだか芝居の一場面を演じているような気になってくる
捕われの姫君を救い出す為に、屋敷に忍び込み
敵の大将と斬り合いになる
最後は敵を追いつめ、刀の切っ先を突きつけて一言
「俺の女は返してもらうぜ」
そんな場面が土方の頭をよぎり、少しだけ恥ずかしくなった
これでは安い三文芝居だ
頭を振って考えを散らし、意識を集中し直す
と、前方の部屋で争うような物音がした
「お、おい、かなりやべえんじゃねえのか!?」
焦った原田が、頓狂な声を上げる
迫る風間と逃げる。室内の物音の理由が容易に想像出来て頭に血が昇った
「ほら、土方さん!早く行って!」
「男見せてこい!」
沖田と原田に押し出され、転びそうになりながらも
土方は抜刀し、勢い良く障子を開けた
「おい風間!雪村を返しやが……れ?」
部屋の光景を見て、土方の目が瞬く
荒れた部屋に尻餅をついて追いつめられているのは……風間?
そしてその風間に刀の切っ先を突きつけているのはだった
「なんだお前、何しに来た」
土方を一瞥したが冷たく言い放つ
「何しにって……お前、捕えられたんじゃなかったのか?」
「ああ、この不愉快な西の鬼に捕われた」
「で、俺に助けを求めたんだろ?」
恐る恐る問うと、が眉を寄せた
「何故私がお前に助けを求める?」
「じゃ、じゃあ薫に言い残したアレは……あの言葉はなんだったんだよ!」
おかしい。薫の切羽詰まった状況との反応がちぐはぐ過ぎて
土方には今の状況が理解不能だった
あの言葉?とは呟き、記憶を辿っているようだったが
やがて、ああと頷いた
「どうせすぐに帰るから、案ずるなと私は言ったんだ」
「じゃあ、千鶴の所に行けっつたのは?俺に助けを請いに行けって事じゃなかったのかよ?」
「はぁ?何故そうなる。一人で居ても暇だろうから、千鶴と遊んでこいと提案しただけだ」
「……」
土方は、言葉に詰まった
が薫に残した言葉には、裏の意味は全く含まれていない
呆然とする土方に代わり、声を荒げたのは
未だに切っ先を向けられている風間だった
「どういう事だ、雪村。貴様は俺の妻になる事を受け入れて無抵抗のまま俺に攫われたのではなかったのか?」
怒りを含んだ声だったが、明らかに追いつめられている状況で発せられても
凄みはひとかけらもない
は風間を見下しあざ笑う
「お前の頭はお目出度いな。私は私の目的の為に、敢えて捕われただけだ」
「目的……だと?」
「なぁ、風間。雪村は滅んだとはいえ、私は雪村家を継ぐ者だ。そうだろう?」
「あ、ああ、そうだ。貴様は間違いなく雪村を継ぐ者だ」
「なら、それに相応しい証が必要だと思わないか?」
凶悪な笑みに土方はぞくりと肌が泡立った
風間も一瞬怯えた表情を見せたが、言葉を紡ぐ事を忘れない
「あ、証ならば雪村の家に伝わる対の刀があるだろう」
「あれは今や弟と妹の物だ、私のものではない。だからアレに匹敵する刀が欲しい……この意味が分かるか?」
風間は僅かな時間でそれを察したのだろう
顔色を変えて、まさかと呟く
「そう、そのまさかだ。お前の持つ刀なら私が雪村であることの証に相応しい」
まさか。土方もの言葉を察し戦慄する
つまりは、己の身の証として風間の刀を欲し
その刀を奪う為にわざと捕えられた……
流石に風間に同情した。同時に、土方自身も踊らされていた苛立を覚える
少しも心配していなかったわけではない
薫や原田達に言われたからここまで来たわけではない
を風間の魔の手から救い出したくて、ここまで来た
そんな土方の気持ちをにあっさり裏切られた気がした
「……ちょっとこっち来い!」
土方は足音を立てて部屋の中へ踏み込むと
の手を強引に掴み、部屋の外へ引きずりだした
「な、何をする!」
「うるせえ!お前は鬼か」
「私は鬼だ」
何を分かり切った事を、とが呆れる
土方の言う“鬼”とはもっと違う意味なのだが、表現を誤ったと反省した
「と、とにかく、てめえの言い分は滅茶苦茶だ。いくら身の証が欲しいからって、人の刀を奪おうとするな」
「お前には関係ないだろ」
「関係は……あるさ」
仮にも惚れた女が物騒な方法で女には物騒な物を欲しがっている
しかも、仮にも恋敵からそれを奪おうとしている
土方としても黙っていられる状況では無かった
「何故お前に関係がある」
「……とにかく、女が刀なんか欲しがるんじゃねえよ」
から視線を逸らし、言い訳の様な言葉を呟いて
土方は懐から取り出した物をの胸元に押し付けた
「お前はコレで満足しとけ」
ぐいと押し付けられた物を受け取りながら、が眉を寄せる
「なんだ、これは」
「見て分かんねえのかよ?」
少し苛立って言葉を発すれば
簪だな……とやけに大人しい返事が返って来た
女に贈り物など、別に恥ずかしがる年でもない
それでも、食い入るように簪を見るを見ていると気恥ずかしさに襲われた
用事で外出した際に見つけた簪。の髪に似合うと思った
そう思ったら、つい買ってしまっていたのだ
が刀を諦めたのかは分からない
けれど、いつまでも簪を見つめる姿は刀の事などすっかり忘れ去ったように見えた
◆◆◆
「もう。俺は本気で心配したんだからね」
「わ、悪かった。まさか土方に助けを求めるとは……思わなかったんだ」
の髪を結いながら、薫が安堵と怒りの混じった声を出す
肩を竦め項垂れるに言い訳は出来なかった
「で?刀はもういいの?」
「あ、ああ……あれはもういい。やはり身の証など私には必要なかった」
「そうそう。姉様はそうでなくちゃ」
同意する薫は機嫌を取り戻したようだ
頃合いを見計らったが、さっと薫の方へ簪を差し出した
「薫、これを付けてくれ」
「……見慣れない簪だね。どうしたの?」
「も、貰った……」
誰から?という野暮な質問はない
ただ、やっと戻った機嫌がどこかへ飛んで行くのが
薫の顔を見なくても分かった
end
アンケ100票突破記念・お礼夢でした
投票ありがとうございました。
時系列や関係性などがめちゃくちゃのパラレル的なお話でしたが
やっぱり皆でわいわいやってるのを書くのは楽しいです。
姉様はジャイ○ンです。お前のものは俺のもの
そして、佐之さんは相変わらず面倒見の良いお兄ちゃんでした。