ノワール#番外編「お手玉」
扉を開け、最早見慣れ過ぎたその人物を視界に入れた途端
はがっくりと肩を落とし項垂れた
扉を閉めてもう一度始めからやり直せば、或はこの目障りな来訪者が消えてくれるのではないか
そんな甘い考えが一瞬頭をよぎったが、はなんとか踏みとどまった
何度やり直しても、目の前の忌々しい西の鬼が消え去る事はない
顔を上げたは、不敵な笑みを睨み上げた
「風間、今日は何の用だ」
「貴様の様子を見に来てやったのだ」
不遜なものいいが癪に触って仕方が無いが、努めて冷静に返答する
「私は変わりない、以上だ。さっさと帰れ」
「出かけるのだろう?供をしてやる」
「必要ない」
風間の申し出を、ぴしゃりと撥ね付けたが風間は全く動じる様子を見せない
それ所か、楽しそうにを見つめている
「もしや、照れているのか?」
「お前程おめでたい鬼も人も見た事がないな」
冷たく言い放ち、風間の横をすり抜ける
さっさと歩き出したの隣を、当然のように風間が付いてくる
文句を言ってやろうとも思ったが、相手をしても疲れるだけだ
勝手にしろと心の中で呟き、楽しそうに付き従う風間の存在を意識しないように努めた
何を話しかけられても無視を決め込むつもりだったが
道中、風間は無言だった
それがかえって風間の存在をに意識させた
こっそりと風間へ視線を送る
それを感じ取ったのか、ようやく風間が口を開いた
「やはり俺の方が似合いだと思わんか?」
「……何の話だ」
「土方より、俺の方が貴様の隣に相応しいだろう?」
「何故土方が出てくる」
「あの男に会いにいくのだろう?」
確信めいた言葉に、は心底うんざりとした顔を向けた
風間が一体何を見、何を聞いてその答えに達したかは知らないが
誤解もいい所だと、は憤慨した
「ふざけた勘違いをするな。私は妹に会いに行くだけだ」
「別に隠す事でもないだろう」
「だから、違うと言ってるだろ。これを見ろ」
証拠だと言わんばかりに、は手首に引っ掛けていた巾着を風間の目線まで掲げてみせた
「……これがどうした」
「千鶴に見せてやろうと思って持って来たものだ」
巾着を開けて、中身を取り出す
巾着と同じ粗末な布で作られたお手玉だった
前の住人の中に幼い子どもが居たのだろう。今の仮家で見つけたもののひとつだ
お手玉を見て、風間は不思議そうな表情を浮かべた
「これは何だ」
「見た通りお手玉だ。まさか、お前知らないのか?」
「それ位知っている……聞いた事位は、ある」
知らないのも無理はないだろうと思う
恐らく風間には縁のない玩具だっただろうから
だが、風間の知らないものを持っているというだけで
何故かは誇らしい気分になった
「なんだ、じゃあお前お手玉で遊べないのか」
勝ち誇ったの声が癪に触ったらしく、風間は紅い瞳を細めた
「たかが子どもの玩具ではないか。扱えずとも支障はない」
「たかが玩具だと侮るな。それなりの訓練にはなる」
言って、は慣れた手つきでお手玉遊びをしてみせた
恐らく初めて見ただろう風間は、感心した様子を隠しながらもの手元を見つめている
「……懐かしいな」
ぽつりと呟く
千鶴や薫もそうだった
がお手玉遊びをして見せると、今の風間のように
感心した顔つきで見入っていた
「雪村。貴様は昔を懐かしむ時しかそのように笑わないのか?」
真剣な声に、は手を止めた
お手玉に見入っているとばかり思っていた風間が
いつの間にかをじっと見下ろしていた
「普段から今のように笑ってみせろ。そうすればもう少し可愛気も出るだろう」
「……そもそも、お前にくれてやる笑顔など無い」
そっけなく言い返す
お手玉を仕舞うと、は再び歩き出した
当然のように風間は隣に付いて歩く
今度こそ無視を決め込もうと決意したの隣で
「貴様の生意気な所も、それはそれで好ましいがな」
風間が理解不能の感想を漏らした
end
ノワール番外編、ちー様とのお出かけ編でした。
本編よりも少しだけ距離が縮まった二人を書くのは楽しかった。
ちー様はお手玉を知らないと信じています。