ノワール#ウタカタ プロローグ





何故、歩き続けているのだろう
もう歩き続ける理由はない

帰る家も、守るべき者も、生きる理由も資格も無い
足を止めて、そのまま命が尽きるのを静かに待ちたい
……そう願うのに、の足は歩みを止めようとしなかった

「……薫」

守れなかった。守り抜くと誓ったのに

「千鶴……」

無事に逃げられただろうか?
きっと、無事に逃げられただろう
会いたい。けれど会う事は許されない
何も守れなかった自分には会う資格がないのだと、自身が禁じた

何故、歩き続けているのだろう
守るべき者も生きる理由もなくしたは彷徨い続ける
裸足の足は泥に塗れ、小石や小枝を踏みしめる度に肌が裂けて血が滴った

痛い。もう歩きたくない。
唇を噛み締め、零れそうになる涙を堪える
不意に、土を踏みしめるかすかな足音が耳に届き
ぎくりと身を強張らせたの足が、ようやく止まった

近付く足音と気配には目を見開いたまま、その場に釘付けになっていた
早まる鼓動が痛い
咄嗟に逃げようと引いた足に力が入らず、そのまま背後に倒れた

「あっ……」

「……誰か、居るのか?」

尻餅を付いたの小さな悲鳴が聞こえてしまったらしい
足音が早くなり、やがて草をかき分けて一人の少年が姿を現した

少年はに驚き、しばらく動きを止めていたが
泥と煤と血に汚れたの状況に気がつくと焦った声をあげた

「だ、大丈夫か?どうしたんだその傷――」

「っ来るな!」

駆け寄って来る少年を声で制する
恐怖で竦む体を奮い立たせ、手探りで武器を探す
探り当てた木の枝は細く頼りないが、今のには充分な武器だ
枝の先を少年へ向け、はゆっくりと立上がる

「私達が……何をした」

ただ静かに暮らしたかっただけだ
争い、傷つけ合うのが嫌だっただけだ
それが罪だというのだろうか

震える手足は恐怖のせいだけではない
奮い立つの心に反して、体は限界を訴え始めている
それでも憎悪を宿した瞳で目の前の人間を射た

「……そんなに私達が……憎いのか」

頭の中が白く明滅し、全身から血の気が引く不気味な冷たさが体を襲った

「お、おい……落ち着けって」

「う……るさい……殺して、やる」

命が尽きる前に、せめて目の前の人間だけでも殺したい
雪村の誇りを踏みにじり
父を母を弟を殺した人間に復讐する

「殺してやる!」

声と共に木の枝を振り上げたの視界が急激に狭まってゆく
ようやく死がの元に訪れたのだろうか
闇は静かに、の意識を閉ざしてゆく

闇に落ちる一瞬、少年が焦った顔で駆けて来るのが
何故かの瞳に鮮烈に焼き付いた





固く瞳を閉じた少女の寝顔はあどけない
だが敵意を剥き出しにした瞳を思い出した歳三は、背筋を震わせた

一体少女の身に何が起こったのか
少女の衣服は所々焼け焦げ、襤褸襤褸で
裸足の足は泥と血で汚れていた
そして、少女の敵意に満ちた瞳……
導かれる答えは、決して楽しいものではない

強盗に襲われ、家に火を放たれ命からがら逃げ延びた
恐らく、そんな所だろう

少女の境遇を容易に想像出来ても、不可解な事もあった
少女は衣服も体も泥と煤と血で汚れていたが、傷がひとつも無い事だ
裸足で山道を走れば、足は傷だらけになる筈だ
それなのに、足にも腕にも些細な傷さえない
不幸中の幸いだという事なのだろうか

「……ん」

微かに発した少女の声に、歳三は思考を中断し
片膝を立てて、少女の顔を覗き込む
薄く瞼を開いた少女は、焦点の定まらない瞳で何処か遠くを見つめている

「わ……たし」

ゆらりと持ち上がった小さな手が、何かを求めるように彷徨う
思わず、歳三はその手を取り握りしめた

「私、生きてるの……?」

か細い声
夢現の中に居る少女に届くよう、歳三はしっかりと頷いた

「ああ、生きてるぞ」

「どうして、生きてるの……?」

どうして。その言葉に歳三は言葉を失った
同時に、喉を締め付けられたような息苦しさを味わった

手の中から滑り落ちそうになった少女の手を慌てて握り直す
少女が再び眠りについた後も、歳三は少女の手を握り続けた
そうやって、少女を現と生に繋ぎ止めるように





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ノワールifシリーズ第一弾です。
第一弾は、ヒロインが幼少時代に土方さんと出会っていたら……というお話です。
時間設定的には、雪村の村が焼き討ちされた直後。
土方さんは、随想録や黎明録のスチルであった少年土方をイメージしてます。
麗しい大人の土方さんも好きですが、青い果実のような少年土方の方により萌えます。

「ウタカタ」はプロローグとエピローグを含め全4話位になる予定です。
宜しければお付き合いください☆