ノワール#後日談
「なぁ……本当に行くのか?」
いつになく弱々しい声で、少し後ろを歩くが問いかける
土方が先を歩くのは、歩幅の違いではない
の足取りが重く、気づけば土方がを先導しているかのような格好になってしまった
「あのな、お前はこのままでいいのかよ?」
呆れた土方は立ち止まり、へ振り返る
情けない顔を見ると、ため息は勝手に出てきた
「そんなに会いたくないのか?」
「あ、会いたいに決まっている!」
すぐに反論したは、またすぐに肩を落とした
「だが、簡単に許してもらえる筈がない……私もお前も、薫に斬りかかられるかもしれん」
「そん時は応戦するまでだ」
慰めるつもりで軽口を叩いた土方に、殺気立った視線が注がれた
「薫に刃を向けてみろ、私がお前を八つ裂きにしてやる」
低くが唸り、土方はたじろぐ
「な、なんだよ……お前は一体誰の味方なんだ」
「誰の味方でもない。だが、妹や弟を守るのは姉として当然の事だ」
「そうかい」
胸を張り、堂々とが宣言する
呆れたが、それでこそなのだ
の故郷へ行こうと提案した時から、はずっと浮かない顔をしていた
千鶴や薫に会いたくない訳がない
が手放しで喜ばなかったのは、妹と弟に対する後ろめたさと……土方に対する後ろめたさだろう
土方が夢と共に散る道を断った自分だけが
土方と生きる道と妹や弟と再び絆を結ぶ事、その両方を手にする事を躊躇っている
だが、その考えは間違いだ
夢と共に散るより、と生きる事を選んだのは土方自身だ
それに、両方手に入れて何が悪い
もう、全て終わったのだ
どちらかを選ぶ必要は、もうどこにもない
「ま、簡単に許してもらえねぇのは承知の上だ。土下座でもなんでもする覚悟さ」
「土下座、か……かつては鬼の副長と呼ばれた男とは思えん発言だな」
「今は鬼の副長でもなんでもねぇからな」
「そうだな」
が笑う。柔らかく舞う風のように
「二人で必死に許しを乞うか。土下座位、お安いものだ」
の覚悟は決まったようだ
「よし、行くぞ。土方」
元気を取り戻し先に立って歩き始めたを見、はたと土方は歩みかけた足を止める
「なあ、ちょっとまて」
「なんだ?」
振り返るの不信気な顔を真っ直ぐに見つめた
言うなら今しかない。土方はひとつ息を吸い込んで、口を開いた
「いい加減、その土方って呼ぶのは止めてくれねえか」
「何故だ」
「何故って……俺達は夫婦だろ?」
「いつ私とお前は夫婦になった?」
絶句した。命を捧げると誓い、共に支え合って生きている
夫婦ではければなんだというのだろうか
「私は」
小さく呟いたの声
「私は、まだお前に求婚されてない」
その声は拗ねた少女のようで、しばらくあ然と口を開けていた土方は次の瞬間には頬を真っ赤に染めた
「きゅ、求婚って……べ、別に必要もねぇだろ」
「必要だ!」
力強く言うに、分かったよと力無く頷いた
前を行くの手を引き寄せ、向かい合う
「、俺と――」
「だ、駄目だ!!」
「な、なんだよ駄目って……」
求婚を断られたのかと、土方は訝しげな顔でを見たが
は怒ったような、泣いたような不思議な顔で歯を食いしばっていた為
心情を読み取れない
ただ、頬が薄く染まっているのを発見した
「もしかして、照れてんのか?」
「違う!た、ただこういう事は薫や千鶴と和解出来てからの方がいい!」
「はあ?それとこれとは別の問題だろ?」
「同じだ!だから、今は駄目だ。今は言うな土方」
「……わ、分かったよ」
の勢いに圧倒され、つい頷いてしまった
納得のいかない土方とは対照的に、は満足した顔できびすを返すと
どんどん先へ歩き始めた
「ほら、何をしている。早く行くぞ、土方」
「お、おう」
慌ててを追いかける
薫の説得と、への求婚
まだまだ乗り越えるべき山は多いと、土方はひっそり息を吐き出した
end
後日談、というか終章という感じです。
いつまで経っても姉様の脳内は、薫・千鶴>土方さんです。
この後、なんとか薫を説得できた土方さんはようやく求婚できました。