約束の火
「待った?」
島原の外れ、息を弾ませながら駆けて来るへ
斎藤は困惑した顔を向けた
「……いや」
「良かった!久々の外出やから、ついめかしこんでしまったわ」
上機嫌で喋るを、やはり困惑した目で見つめる
確かに今日のは質素ながらも品良く着飾っている
凝った意匠の簪がよく似合っていた
久しぶりの外出を本当に楽しみにしていたのだろう。その気持ちは判らなくはない
だが、解せない
斎藤が困惑しているのは、不可解な土方の命令だった
“折角だからと精霊送りでも見て来い”
何が折角なのか、という疑問は横に置いておいても不自然な命令だった
島原から出る事を禁じ、定期的に監視し、窮屈な思いをさせているへの
土方なりの気遣いとも解釈出来るが
土方の態度にはどこかしらじらしいものがあった
「斎藤さん?」
窺うような声で我に返る
下から覗き込むように見上げてきたに、僅かにたじろいだ
最近のは、さりげない仕草の中にも色気があって
島原の遊女という立場上、自然に身に付いてしまったと思えば悲しい思いだったが
そんな思いとは関係なく素直に胸が高鳴った
「いや……何でもない」
顔を背けて絞り出す
一瞬でも、を女として意識してしまったなどと口が裂けても言えない
「そう?なら、行こ!」
「あ、ああ……」
「ほんまに嬉しいわぁ、土方さんを説得した甲斐があったわ!」
……説得?
嬉しそうなの隣を歩きながら、斎藤はようやく真相を理解した
つまり、今回の外出は土方の発案ではなく
の根回しによるものだったのだ
の行動力に驚くと共に、鬼の副長とまで噂される土方をどうやって“説得”させた
のか
謎を抱えたまま、斎藤は大人しくに付いていった
「何回見ても、なんや感慨深いもんがあるなぁ」
ほう、と息をつきながらが呟く
前方の山に炎で描かれた文字は、斎藤の瞳にもどこか幻想的に映った
「……ウチには送ってあげるご先祖さんはおれへんけど、ええもんやなぁ」
ぽつりと呟いた言葉に、斎藤はどきりとする
には両親が居ない。生きているのか死んでいるのかすら判らない
たとえ生きていても、そうでなくても
両親の存在など無いものとするようなの言葉が少し悲しい
かといって、かける言葉も見つからない
せめて、慰めの代わりに手でも握ってやればいいのだろうが
恥ずかしさが勝り、それも出来ない
「すまない」
気付ば、謝っていた
が不思議そうな顔を向けているのは分かったが、まともに見られなかった
「俺は、器用な人間ではない。を慰める言葉ひとつ持っていない」
「……知ってる」
は、微笑んでいるようだった
知っているから期待はしていないという事だろうか?
そうでない事は、の顔を見れば分かった
薄闇の中でもが照れたように微笑んでいるのが見える
「傍に」
の唇が言葉を紡ぐ
「傍におってくれたら、それでいい。来年もさ来年も、斎藤さんとここに来られたらウ
チは他に何も無くても幸せや」
「……」
「せやから、来年もウチとここに来てな?」
約束は出来ない
剣士として生きる以上、いつ果てるとも知れない命だ
きっとも充分それを承知していて、死なないで欲しいという思いを約束の中に込め
たのかもしれない
斎藤は答えず、も返事を期待する様子は無かった
魂をあの世へと導く炎が夜空を照らす
もしも叶うのなら、来年もとこの火を見上げたい
斎藤は密かな願いを炎に託した
end
なんだかんだで仲睦まじい二人です。
ちなみに、ヒロインがした土方さんへの”説得”は
沖田さんにアドバイスをもらって実行したそうです。
つまり、説得というより脅し。