緋牡丹想々#華麗なる変身





島原への潜入調査。
そんな名目で綺麗に着飾った千鶴を見た男達が色めき立つ
その男達を黙って見つめていたは、壁に背を付けたまま口を開いた

「ウチは、やっぱり反対や」

静かで、冷ややかな声に場が一瞬で静まりかえる

「反対って……何がだ?」

「千鶴ちゃんの潜入調査に決まってるやん!」

首を傾げ問う原田。他の男達もそれぞれ不思議そうにを見ていて
はじれったそうに声を荒げた
その声に一番反応したのは千鶴だった

「そ、そうですよね……やっぱり、私じゃ無理ありますよね……」

の言葉をどういう意味で受け止めたのか
千鶴の暗い表情と言葉を聞けば分かる
少しだけ焦った顔で、は早口に言った

「ちゃ、ちゃうちゃう!今の千鶴ちゃんはそこらの芸者よりよっぽど綺麗やで?
 でもな、綺麗やから反対やねん」

「綺麗だから反対ってどういう事だよ?」

今度は藤堂が問う
は一つ息をついて、さも深刻そうな声を出した

「島原は、男にとっては極楽みたいな場所やけど、男の相手する女にとっては恐ろしい場所や。千鶴ちゃんの心に一生の傷が付いてもええの?」

「き、傷……」

藤堂が怯えた顔で息を飲む
もう一押し、とばかりには藤堂の手をとってわざとらしく撫で回した

「“姉ちゃん綺麗な手やなぁ、他の部分も綺麗なんやろな……ああ、ホラ逃げんと。もっと近くにおいで”」

男の声音で、藤堂の腰に手を回し引き寄せる
今にも泣きそうに瞳を潤ませた藤堂が土方を見た

「な、なんか怖えーよ……土方さん、やっぱやめようぜ」

「こら、脅かしたらあかんよ」

君菊がたしなめるが、は怯まない
藤堂から離れると、拗ねたように口を尖らせた

「せやかてねぇさん、ホンマの事やん」

「まあ……たまにはそんなお客さんもいはるけどねえ」

「な?ねぇさんもこう言うてるし、千鶴ちゃんの潜入調査は考え直して?」

「……そうだな。カタギの女にさせる事じゃねえのかもな」

「じゃあ潜入調査は中止ですか?面白そうだったのに、残念だな」

沖田が大げさに肩を落とす
それを見たは目を瞬いた

「ウチは千鶴ちゃんの潜入調査に反対しただけで、潜入調査自体は賛成やで?」

「でもさ、ちゃん。うちには千鶴ちゃん以外に女の子は居ないんだけど」

「別に、女やなくてもええやん」

しれっと言い放ったに、男達は驚愕する

「ま、まさかちゃん……それって」

「俺達に女の格好しろって言ってんのか?」

沖田の言葉を土方が引き継ぐ。二人の顔は同じように引き攣っていた
その顔へ、はこれまた平然と頷いた

、冗談ならもう少し笑えるものを言え。今のは総司の冗談より笑えん」

斎藤が驚きを押し隠しながら冷静に努めている
首を振ったは斎藤に向き直った

「冗談やないよ。それで、ウチは斎藤さんを推薦します!」

びしっと人差し指を斎藤に突きつける
場が静まり返り、何故か男達は斎藤から一歩身を退いた

「な……なんだと……俺に、女装しろと言うのか?」

「うん。あ、心配せんといて?ウチがちゃんと綺麗にしてあげるさかい」

「冗談ではない!何故俺がそんな屈辱的な事を……」

「そんな屈辱的な事を、千鶴ちゃんにさせようとしてたん?」

「俺と彼女とでは話が違う!副長っを止めて下さい!」

斎藤が土方を味方に付けようとしたので
も素早く沖田の方を見た

「沖田さん!沖田さんもええ考えやと思うやろ?」

微笑むの心を察したらしい沖田は意地の悪い笑みを浮かべ
の味方に回る

「うん、僕もいい考えだと思うな。一君、とっとと観念した方がいいよ」

「総司まで何を言っている!……っ放せ!」

が斎藤の腕を引っぱり、沖田が背を押し
先ほど千鶴が着替えた部屋へ斎藤を押し込む
表からぴしゃりと襖を閉めた沖田は、その襖に背を預け

「女の子の嫉妬って、怖いなあ」

と、楽しそうに呟いた

「あ、こら、そこに触れるな!」

「そんな緊張せんでもええって……全部ウチに任せて、な?」

「やめろ……!ま、待て!待ってくれ!!」

断末魔のような斎藤の悲鳴が襖越しの部屋にも響き渡る
沖田以外の男達が怯えた顔でごくりと唾を呑んだ
京で名を馳せ、泣く子も黙る新選組がたった一人の遊女に戦慄した瞬間だった



「いい加減機嫌直して、な?」

機嫌を取るような愛想笑いを浮かべたが徳利を傾けるが
酌を受けるどころか、盃さえも持とうとせず
斎藤はむっつりと押し黙ったまま、膳の前に座っていた
膳の上の料理も当然のように手つかずのままだ

結局、こんな辱めを受ける位なら腹を切ると斎藤が暴れた為
潜入調査の計画自体が取りやめとなった
すっかり機嫌を損ねてしまった斎藤を豪勢な酒と肴でもてなしているのだが
一向に機嫌が良くなる気配はない

「ただの冗談やん。いつまでも怒ってるなんて大人気ないで」

「……あんたのあの時の目は本気だった」

「だって、斎藤さんが悪いんやで」

批難めいた口調に、ようやく斎藤がの顔を見た
意味が分からないと言いたげな表情に、がぷっと膨れた

「斎藤さん、千鶴ちゃんの綺麗な姿見て鼻の下伸ばしてたやん」

「なっ……それは誤解だ」

「ウチの目は誤摩化されへんよ」

身に覚えの無い言いがかりだと言わんばかりの斎藤と
怒りを押し隠し、確信の眼差しを向けるがしばし睨み合う
先に視線を逸らしたのはだった

「……そら、千鶴ちゃんは可愛いし、ウチは島原の女やけど」

にしては弱々しい声
袖からちらりと見えるだけの指先はぎゅっと徳利を握りしめている

「ウチかて、妬きもち位は焼くんやで……」

「……」

昔のような、何かに怯えて泣きそうな姿でもなく
小生意気な今の姿でもない
恐らく初めて見る、しおらしい姿のに斎藤は何故か落ち着かない心地になる
どう声を掛けるべきか静かに動揺する斎藤へは逸らしていた視線を戻し
柔らかく微笑みかけた

「せやから、その事をよう肝に命じて、な?」

顔は微笑んでいるのに、柔らかい眼差しには斎藤を綺麗に着飾ろうとしていた時のような本気の気迫が宿っていて
斎藤はうすら寒さを感じながら、頷いた

「あ、ああ……」

「良かった。あ、ほらお酒、呑んで呑んで」

勧められるままに酒を口に運ぶ
高級な酒らしいが、のせいで味は全く分からなかった



end



旧拍手お礼でした。

緋牡丹想々番外編でした。連載の方は時間軸的にまだここまで行ってませんが
ずっと書きたかったので、そろそろいいかな、と。
斎藤さんの遊女姿が見たいんです(主張)
別に女装好きという訳ではないんですが、斎藤さんなら似合うだろうし
「隊務の為」と副長命令と男としてのプライドの間で揺れ惑う姿が見たいんです。はい、変態ですが何か。

綺麗な千鶴ちゃんに思わず見惚れた斎藤さんに嫉妬心から報復したヒロインというお話ですが
オチがなんか弱くてすいません。ギャグかホラーかシリアスなのか
書いてる内によく分からなくなりました。