緋牡丹想々#3





沖田の先導で大広間に足を踏み入れたが始めに見たのは
驚きを隠しきれない三人組だった

「まじかよ」

「まじかよ」

「まじかよ」

全く同じ反応の三人に、は曖昧に笑った

「もう一人の目撃者ってだったのか……」

「何でなんだよ」

「まじかよ……」

原田、藤堂、永倉がうわごとのような呟きを漏らす
そんな三人の様子に呆れたため息をついたのは沖田だった

「そんなに面白い顔しないで下さいよ。左之さん以外は久しぶりなんでしょ?ちゃんと会うのは」

「そうや。折角久しぶりに会うのに、皆で化け物見るみたいな目ぇして」

沖田の背後でもわざとらしく呆れる
三人の大げさな反応は、と新選組幹部達とのささやかな交流があったあの頃と少しも変わらないと思う
そして、これからも変わる事はないのだろう。とも

「だってよ……まさかお前だと思ってなかったし」

藤堂が口を尖らせながら、もごもごと言い訳する
”まさか”はも同じだった
まさかこんな状況で彼らと再会するとは思っていなかったし
まさか、彼らとこれから生き残りを賭けて対決しなければならないなどと夢にも思わなかった

けれど、一方でこれは必然であったかもしれない。とも思う
が”新撰組”の存在を調べている限り
いつかは彼らと対決しなければならなかったのだ。きっと

今だに驚きを口にしている三人は放っておく事にして
不安を目一杯浮かべた顔を見つけた
先導役の沖田と、背後から睨みをきかせていた斎藤から勝手に離れ
所在無さげに立ち尽くしている少女へ近付いた

「おはよう」

あえて明るい声で話しかける
の笑顔を見て、不安で仕方ないといった様子だった表情が僅かに和らぐ
きっと、完全に信頼されているわけではない
けれど知った顔と、同じ立場という事実が少女を僅かに安堵させたのだろう

「昨日はよう眠れた?」

この場にそぐわない世間話は少しでも少女の心を軽くしたいという
なりの配慮……と、もう半分はただ本当に世間話でもしたい気分だったからかもしれない
少女は緊張しながらも、正直な感想を漏らした

「え……と、寝心地はあまり良くなかったです」

「そうか。ウチも全然寝られへんかったわ」

「……よく言うよ」

二人の会話を聞いていた沖田が呟く
斎藤も呆れた表情で黙っていたが、その理由が分からなかった
沖田と斎藤に向けて首を傾げる事しか出来なかった

「おぉ!懐かしい顔があるな!」

快活な声に、場の空気が一瞬和んだ
土方、山南と共に入って来た近藤が、に裏表の無い笑顔を見せる

「やぁ、久しぶりだなちゃん。ちょっと見ない内にまた一段と別嬪になったなぁ」

「おおきに」

もまた、心からの笑顔で応えた

「原田君からは時々君の事を聞いていたのだがね。いや、会えて本当に嬉しいよ」

「なに喜んでんだよ近藤さん。状況を考えてくれよ」

「そうですよ、局長。……むしろ私はこんな再会に悲しんでいるのですがね」

土方と山南に非難され、近藤は申し訳なさそうに頭を掻いた

「いや、すまん。つい」

「ええ人やね、近藤さんは」

優しく呟いたを、土方が射るような視線で見た


「……さて、本題に入ろう」

取り繕うように局長の声を発した近藤が、斎藤に昨晩の報告を促す
簡潔な斎藤の報告をは黙って聞いていた
そんなとその隣の少女へ、言葉を切った斎藤が視線を寄越した

いよいよだ。
斎藤の視線を対決の合図だと受け止めたは覚悟を決め、口を開きかけた……が
意外な人物の発する声に、中途半端な状態で動きを止めた

「私、何も見てません」

堂々と宣言する声。思わずは心の中でほう、と感心した
言葉自体はも今まさに口しようとしていたものだが
実際口にしたのは、が守らなければと思っていたか弱い少女で

意外な度胸に、は少女に対する認識を改めた
だが、相手の方が一枚も二枚も上手だった
言葉の罠に掛かった少女は、すぐに追いつめられる

「つまり最初から最後まで、一部始終を見てたってことか……」

嘘を看破され、動揺する少女へ原田が冷酷に告げる
今度こそ自分の出番だと悟ったは、先ほどの少女と同じ様に
堂々とした声を放った

「そうや。見てたよ」

大広間に響いた声に、隣の少女も原田始め新選組の面々も
一様に驚きを露にした
平然とは言葉を続ける

「ウチは見てた。最初から最後までぜーんぶ……けど、この子は何も見てへん」

「な……それ、どういう事だよ」

原田の問いかけ。流石に苦しい言い訳だが、は全く動じなかった
嘘なら得意だと、何度も心の中で唱える

「だから」

おもむろに少女を引き寄せ、思い切り抱きしめた

「こういう事や」

の肩口に顔を押さえつけられた少女があわてて驚いて身じろぐが
渾身の力で腕の中に留まらせる
大胆な行動に、数人の幹部が顔を赤らめていたがは気に留めなかった
この時ばかりは、斎藤がどう思うかも意識の外だった

「せやから、この子からは何も見えへんかった。或る程度状況を知ってたんは、ウチが『新選組が助けに来たからもう大丈夫や』って教えたからや」

「すげ……大胆」

永倉が素直な感想を漏らす
それには構わず、少女を抱きしめたまま原田に挑戦的な視線を送る

「な?この子は何も見てへんかった、だから」

「見てたのは、お前一人……ってか?」

小さく頷く。同時に腕の力を抜くと
ようやく解放された少女が、もの言いたげにを見た
大丈夫。という思いを込めた笑顔を少女へ寄越す
大丈夫だから、安心しろという慰めと
大丈夫だから、何も喋るなという牽制

一歩前に出たは、新選組の面々を見渡す
ほとんどの者が苦しげな表情を浮かべていて、の心を少しだけ締め付けた

「せやから、この子はもう解放したって。裁かれるのはウチ一人で充分やろ?」

「”裁かれる”の意味分かってる?ちゃん」

静かな沖田の言葉。もちろん、分かっている
”裁かれる”という事は”殺される”という事も
断罪ではなく、処刑だという事も

「もちろん、分かってる」

「その割には冷静だね。死にたいの?」

沖田の言葉はいつも容赦がない。それに加えて、今は声がやけに刺々しい
きっと、怒っているという事は薄々感じたが
沖田が何に憤りを感じているのかには分からなかった

「そんな事あらへん。死にたくなんかない」

当然のように首を横に振ったが言葉を続ける

「……ただ、ウチが死んでも悲しむ人はおらん。だから心残りはあらへん」

これは、卑怯なやり方だと十分心得ている
それでも同情を買う事しか今のには出来ない
親に売られ島原で育ったの境遇を知る新選組隊士は皆押し黙って視線を彷徨わせた
沖田だけが、鋭い視線でを見つめている

「けど、この子は違う。この子には悲しんでくれるお父ちゃんやお母ちゃんが居る筈や」

少女の手をぐいと引き、自分の前に立たせる

「それに、この子は元々何も見てへんねんから……だから」

この子だけは見逃してくれ。
そう続けようとしたの言葉を遮ったのは

またしても、目の前の少女だった





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一話で収まらなかった……ので、次回に続きます。