バレンタインin月下の花





「あ、あの!これ……受け取って下さい!」

「え?あ……ありがとう」

差し出された小さな箱を受け取ると、目の前の少女は赤い顔に安堵の笑みを浮かべてすぐに走り去った
少女の背中を見送った後、シンプルにラッピングされた手の中の箱を見つめる

「今の子、島原女子の子だね」

「あ……」

気付けば、いつの間にか背後に沖田が立っていた
沖田はの手の中の贈り物を覗き込む

「へぇ、君結構モテるんだ」

からかう笑みを浮かべながら横目でこちらを見る沖田に、はやや狼狽しながら返す

「これは……特に深い意味は……ないです」

「特に深い意味もなく、わざわざ他校の人間にチョコなんてあげるかな?」

「それは……」

が口ごもると、沖田は声をあげて笑い始めた

「あはは!そんなに困らないでよ。ちょっとからかっただけじゃない」

また、からかわれたのか
一つ上の学年の沖田は、の所属する剣道部の先輩であり
思えば、会う度にからかわれている
毎回からかわれている事に気付けない自分は学習能力が無いのかもしれない
落ち込んで黙ったの態度をどうとったのか、沖田は腰に手を当て息を吐き出した

「まぁ、ちょっと八つ当たりも入ってたんだけどね」

「え?」

「いや、ただのヤキモチかな」

思わず沖田の顔をまじまじと見つめる

「どうしたの?流石に照れるんだけど」

「すみません。でも、意外だと思って」

いつも人を喰った態度の沖田だが、それでも同学年の男達と同じようにバレンタインの贈り物を貰う光景というのは羨ましいらしい
だが、女同士のやりとりに深い意味はない
それでも、自分は羨望される存在なのか
考え込むに、沖田は呆れた目を向けた

「君が何を意外に思ってるのか知らないけど、きっと間違った解釈をしているよ」

「え?」

「僕は単純にチョコが欲しくて妬いてる訳じゃない」

「?」

「ま、鈍い君には分からないか」

首を傾げるばかりのに言い放ち、沖田は歩き始める
後についても歩きはじめ、なんだか珍しい登校風景だと我ながら思った
遅刻魔で有名な、沖田と共に登校するのは滅多にない事だから

「そういえばさ」

歩みを止めず、半歩前を行く沖田はに話し掛ける

「君はどうなの?」

「どうって……何がですか?」

「チョコ。あげたい人、居るんでしょ」

ギクリと心臓が跳ねる
何故、沖田が知っているのだろう
いや、それよりも

「あ、あの……あげたいというのは、その、そういう意味ではなくて、普段お世話になっているお礼にというか……その」

バレンタインではなく、あくまでお歳暮代わりのようなものだ
しどろもどろに説明するに、沖田ははいはいと全く心のこもらない相槌を打つだけだった





放課後。

激しく打ち鳴らされていた竹刀の音が止み
傾いた陽がにわかに差し込む道場で、は斎藤へ深々と頭を下げた

「練習に付き合って頂いてありがとうございます」

「いや、俺でよければいつでも相手になる。また声をかけてくれ」

汗を滲ませるへ斎藤が軽く笑いかける
簡単な会話が途切れた後は、黙々と片付けが始まる
程良い疲労と静かな空気が心地よい
沈黙は重苦しいと感じる者もいるかもしれないが、にとっては練習後の密かな安らぎでもある
普段なら別れの挨拶まで、二人が口を開く事はほとんどないのだが

「あの、斎藤先輩」

今日は違った
道場内に緊張を押し隠したの声が不自然に響く
こちらを振り返った斎藤は不思議そうにを見る

「あの、部活の後って疲れますよね」

「?……ああ、そうだな」

「あたし、甘い物持ってるんです。良かったら斎藤先輩もどうですか」

言って、鞄から箱を取り出す
その箱は今朝、島原女子の少女に貰った箱より少しだけ大きな物だった
ラッピングもされていない簡素な箱の蓋を開ける
そのまま斎藤の元へ行き、箱の中が見えるように差し出す

「これは……チョコレートか?」

「はい。どうぞ……」

斎藤の手が伸び、箱の中からトリュフを一つ取り出す
それを口に含んで、静かに咀嚼する様をやけに緊張しながらは見守った

「……確かに、疲れた体に甘い物は嬉しいな」

僅かに顔を綻ばせる姿に安堵する

「良かった。作った甲斐がありました」

ぽろりと零れた言葉に、斎藤の動きが止まる

「手作り、だと?」

「え?はい……手作りですが」

何か、問題でもあるのだろうかとが様子を窺っていると
斎藤は目に見えて挙動不審になり、どことなく頬も赤い
尤も、頬の赤みは差し込む夕陽と重なってにはよく分からなかったが


今日はバレンタイン
朝の少女のように、面と向かって渡せる勇気が無い
少しだけ遠回しのバレンタイン





end



面と向かって渡すより、目の前で食べてもらう方がよっぽど恥ずかしいと思うのですが……。
ストレートな表現を恥ずかしがって、遠回しな事をするけど
遠回しな事の方が余計恥ずかしい事態になるってよくありますよね。
なんか、斎藤さんもそんな感じっぽい。

薄桜鬼連載「月下の花」SSLバレンタインバージョンでした。
一応「月下の花」SSL設定として、ヒロインは薄桜学園の一年生。
千鶴ちゃんとたった二人の女子学生として学園生活を送っています。
剣道部所属。尊敬する人は土方先生と斎藤先輩。
そして何故か他校の女子生徒に人気。

別に、男っぽいヒロインではないのですが女子からモテる(憧れという意味で)ヒロインっていいな……という個人的趣味から。
もちろん男子にもモテます。多分その代表格が沖田さんです。
恋愛云々というよりは、お気に入りの後輩という感じですが。
けど、例え相手が女の子でもヒロインにちょっかい出す子に妬きもちをやく位はお気に入りです。
この辺りの設定は、連載本編の方にもこっそり反映しています。
そして大本命斎藤さんですが、連載本編の方がまだ恋愛関係になっていないので
バレンタインバージョンの方でも、恋愛っぽくはしませんでした。

あ、今気付きましたが、あとがきめっちゃ長い……
あと、オチが弱くてすみません。