バレンタインinノワール
2月14日。バレンタイン
薄桜学園では今日も変わらないやりとりが繰り広げられていた
「私に話しかけるな。ついてくるな。出来れば消えてくれ」
「そう照れずともよい。皆の前故素直になれん貴様も可愛くはあるが」
「……どれだけお前の頭はお目出度いんだ?一度山南に診てもらった方がいい。
そして解剖されろ。脳だけになれば少しはマシな存在になるだろう」
「その物言いも照れ隠しだと心得ている。だが俺はそう気が長く無い」
不機嫌な表情と言葉で応戦していたの前に回り
風間は強制的にの足を止めた
文句を言おうと口を開きかけたより早く
伸びて来た風間の手が、の顎を捕えた
「いい加減素直になれ。今日は、俺に渡すものがあるだろう?」
「渡すもの?」
顎を掴む手を払いながら、は訝しげに風間を見上げる
勿体ぶっている。そう言わんばかりに笑う風間は
熱を帯びた視線でを見つめ返した
「今日が何の日か知らぬ訳ではあるまい……年に一度、女が堂々と告白できる日ではないか」
「……くだらん」
殊更冷たい声で言い放ち
風間の横をすり抜けて、は再び歩き出す
当然のように追いかけて来た風間へ
「私はそんなイベントに参加するつもりはない」
「ほう、ならば誰にも……土方にも渡すつもりはないのだな?」
「当然だ」
ふん。と鼻をならし、堂々と言うの背後で
風間は笑っているようだった
はそれに反応する事なく、無視を決め込んだ
風間は構わずの後について歩いていたが、の向かっていた先が職員室だと分かると、そっと姿を消した
どうやら、風間にとって職員室は鬼門らしい
「土方、この間の小テストについて聞きたい事があるんだが……」
職員室へ入室し、作業中の土方の傍らに立つ
動かしていたペンを止め、顔を上げた土方はを注意するような目で見た
「雪村……“先生”をつけろって何べんも言ってんだろ」
「悪かったな土方“先生”。それより、ここがどうして間違いなのか教えろ」
「“教えて下さい”」
「……教えて下さい」
「お?おー、今日も見せつけてくれるねぇ」
割り込んできたからかう声
過剰に反応したのはだけで、土方はそっと息を吐き出すだけだった
人を一人射殺せそうな程睨み付けたの視線を意に介す様子もなく
乱入者はの隣に立つと、にやにやと二人を見下ろした
「教師と生徒で秘密の恋なんて羨ましいぜチクショー」
「黙れ永倉」
「永倉“先生”だろ?」
気安くの頭に手を置いた永倉はわしわしと撫で回した
大人しくされるままになっているの不気味な沈黙は
嵐の前の静けさなのだが、それに気付かない永倉は更に軽口を叩く
「なぁなぁ、もうチョコは渡したのか?」
「馬っ鹿新八!あんまりそいつをからかうな――」
土方が慌てて諌めるが、時既に遅し
「どいつも……こいつも……いい加減にしろ!!」
の怒声が職員室内に響き渡り、それなりに慌ただしかった室内が
しんと静まり返った
全員の視線を一身に浴びながら、は永倉に詰め寄る
「チョコがどうした!お前達は一体私に何を期待している!?」
「え……と、だってよ……今日はバレンタインだろ?だから」
「だから何だ?そんなものに踊らされる私ではない!」
きつく言い捨て、唖然とする面々に構う事なく
は職員室を後にした
放課後。ひとり教室に残るの手には小振りな箱があった
その箱を見つめながら、小さなため息をもらした
土方への、バレンタインのチョコレート
「……今更、だな」
二度もバレンタインを否定したものの
本当は、土方へのチョコレートを用意していた
だが、催促やからかいにカッとして
ついつい「下らない」などと言ってしまった
今更、どんな顔をして渡せばいいというのか
「……」
しばらく箱を見つめながら考えた結果
は静かに席を立って教室を後にした
向かった場所は職員室
昼間訪れた時とは打って変わり、広い室内に人の姿は無かった
部活動やその他で出払っているのだろう
その方が、にとっては好都合だった
静かに、けれど素早く
足音を忍ばせたは土方の机に辿り着くと、大事に持っていた贈り物の箱をそっと机の上に置いた
メッセージカードも何も無い、本人以外贈り主の分からない贈り物
贈り主の正体は気付かれなくてもいい
ようやくバレンタインの憂鬱から解放されたは
突如扉が開いた音に、彼女としては珍しく肩を揺らして驚いた
「ん?お前……何やってんだ?」
「な……なんでもない!」
やはり珍しく狼狽している姿を不思議に思ったのか
首を僅かに傾げながら、土方はに近付く
「く、来るな!」
「って言われてもな、そこ俺の机なんだよ」
「……う」
いっそ今すぐ逃げてしまおうか
そんな衝動にかられる程が今一番恐れているのは
の目の前で、土方が机の上の贈り物に気付いてしまう事だった
「ん?なんだコレ」
気付かれた
小さな箱を掴み上げた土方は、箱とを交互に見ている
「ひょっとして、これ……」
「そ、そうだ私だ!悪いか!」
羞恥のせいで無意味に攻撃的な口調になってしまった
土方は驚いたように目を瞬いている
「べ、別に悪いとは言ってねぇだろ……」
圧倒されつつ言った土方の後に続く言葉はなく
居心地の悪い沈黙が訪れた
恥ずかしさの余りそっぽを向いていたは、ちらりと土方を盗み見
土方の顔に浮かんでいた微笑に釘付けになった
「……何故笑っている」
「ああ?嬉しいからに決まってんだろ」
「……意外だな。お前でもチョコレートひとつで喜ぶのか」
「好きな女からの贈り物だ。何だって嬉しいよ」
ぽん。と音が出そうな程、の頬が赤く染まった
「なんだ?照れてんのか?」
「う、うるさい!」
「いや、しかし安心したぜ。新八の奴がお前をからかうから、もうほとんど諦めてたんだぜ」
「……」
あの時、永倉を慌てて諌めたのはそんな理由だったのか
土方は他の男とは違うのだと、漠然と信じていたは
少し拍子抜けしてしまった
「……お前も、普通の男だったんだな」
「俺だってただの男だよ。たかがチョコレート一個で一喜一憂する情けない男だ」
言いながら手を伸ばし、の下ろした髪の中に差し入れる
そのまま引き寄せられたは素直に従い、間近に迫った土方の顔に笑みを送る
「そうだな。お前はただの男だ……」
なら今は、教師と生徒ではなくただの男と女として
は目を閉じて口づけをねだった
柔らかく微笑む気配がした
そして、口づけはそっとの唇に落ちてきた
end
ノワールinSSLバレンタインバージョンでした。
教師と生徒の禁断の恋です。でも暗黙の了解としてほぼ全員にバレてます。
そしてそんな事には構わずちょっかいをかけてくるちー様……。
土方さんもバレンタインの事は気にしていて、でも「きょ、興味ねーよそんなもん」と変に強がるより、堂々と「気にしている」と言ってくれる方がいいなぁと思いました。そっちの方が潔いし。
ラストは甘々(あくまで私基準ですが……)になったので、書いてる間恥ずかしくてしょうがなかったのですが、バレンタイン夢だし連載終了もして二人は結ばれているいるので、ちゅー位した方がいいな、と。
ノワールSSL設定としては
ヒロインは薄桜学園の2年生。沖田さん辺りと同じクラスだと思われます。
途中編入でやってきて、最悪の形で出会った土方先生となんだかんだで恋人同士に。
薫と一緒に暮らしていますが、時々土方先生の家にお泊まりもします。でも一応、健全な関係です。
ノワールSSLは元々書きたいと思っていて、その内番外編の方にアップする……予定ですので、そちらの方も宜しければ!