バレンタインin緋牡丹想々





門の陰から様子を窺っていた
目的の人物を発見すると、ひとつ息を吐き出した

「……よし!」

丁寧にラッピングされた箱を手に、今まさに駆け出そうとした

「そんな所で何してるの?」

背後から声が掛かった
予想しない背後の声には大きく肩を震わせ恐る恐る振り返ったが
見知った人物だと分かり、安堵の息をついた

「……なんや、沖田さんか」

「“なんだ”なんて、ずいぶん失礼な言い方だね」

「堪忍ぇ。けど、今はちょっと取り込み中やさかい――」

今は早急に立ち去って欲しい
そうさりげなく態度で示したが、沖田はまるで気付いていないという風に
その場に立ち止まったまま、にこにこと笑顔を浮かべている

「それ、一君に?」

手の中の箱を指差され、はわずかにはにかみながら頷く

「そうや。今日はウチの一世一代大勝負の日なんや」

2月14日。バレンタイン
君菊に頼んで一緒に作った、想いを込めたチョコレートケーキ

「ふーん……」

斎藤に渡す場面を想像し、頬を染めたとは対照的に
沖田は笑顔を消し、冷たい視線は贈り物の箱へ注がれ
その手がひっそりと箱へ伸びた

あ。とが気付いた時には、今までの手の中にあった箱は
沖田の手中に納まっていた

「か、返して!」

慌てて飛びかかるが、箱を持った手を高く掲げられ届かない
限界まで手を伸ばし、足のバネを精一杯使って跳躍するが
高さで沖田に叶う筈もなく、手は虚しく空を掴んだだけだった

「沖田さん!いじわるせんと返して!」

睨むを、沖田は悠然と見下ろす

「そうだな……”総司さん返して”って可愛くお願いしたら返してあげるよ」

「……」

「……」

無言で見つめ合う
言う事を聞けば、斎藤への贈り物は無事に返ってくるだろう
だが、易々と人の言いなりになるではなかった
怒りで固く結んでいた唇をしならせて、笑う

「“沖田総司さん”それを返して下さい」

「……」

「……」

再び、無言の見つめ合い
挑発的な笑顔を見せるに、沖田のこめかみがピクリと引き攣る

「君、ホント可愛く無いね」

「可愛く無くて結構や。ちゃんと言う事聞いたんやから、返して」

いいながら、がもう一度跳躍しようと足に力を込めた時

「あんた達、今何時だと思っている」

冷たい声が二人に浴びせられた

「斎藤さん!」

批難めいた冷たい声にもかかわらず、振り返った
弾んだ声と無邪気な笑顔で斎藤を見た
沖田も掲げている手はそのままに、まるで邪魔者を見るように斎藤に顔を向けた

「もうすぐ始業のベルが鳴る。総司、あんたはまた失点を付けられたいのか」

風紀委員。と書かれた腕章を付けた斎藤は
声と同じく冷たい瞳をに向ける

、そもそもあんたは他校の生徒だろう。早く自分の学校に登校しろ」

「それ所やないねん斎藤さん!沖田さんがいじわるするねん!」

斎藤の言葉を無視したが、助けを求めるように斎藤に訴える
箱を高々と掲げている沖田の姿からほぼ全てを察した斎藤は、小さく息を吐いた

「返してやれ、総司。いつまでも昔のようにからかって遊ぶものではない」

「返して欲しければ、一君が自力で取り返してあげなよ」

せせら笑う沖田にへ、むっとしたように瞳を険しくさせた斎藤の手が伸びる
だが僅かに届かず、手は空を掴むだけだ

「……くっ」

「残念だね一君!背丈で僕に敵うと思う?」

勝ち誇った沖田を、斎藤は悔しげに睨みつける

「無念だ……すまない、

「ううん!ウチの為に取り返そうとしてくれただけで充分や」

斎藤の手をとったは、心からの笑みを斎藤に向けた
自分の為に、斎藤が何かをしてくれるという事実だけでの心はすっかり満たされてしまった
沖田に取り上げられた贈り物の事はすっかり頭から抜け落ちてしまっている

「背丈で沖田さんに敵わなんでも、ウチは斎藤さんの事が好きや!」

大声で大胆な告白をしたは、目を丸くして驚く男二人を残し
上機嫌で立ち去った




「……時々、あの子って驚く程大胆になるよね」

の立ち去った後、ようやく衝撃から我に返った沖田が呟く

「“好き”だってさ。どうする?一君」

「……あれは、年長者に対して尊敬するという意味の言葉で深い意味はないだろう……」

動揺しながら斎藤は言葉を紡ぐが、流石に無理のある説明だという事は
自分自身も気付いている

「あーあ、面白くないな」

言って、沖田はようやく手を下ろしから奪っていた箱を斎藤へ差し出した

「はい。これちゃんから」

「……これは」

「バレンタインの贈り物だよ。ちゃんはコレを君に渡す為に来てたの」

「バレンタイン」

受け取った贈り物に見入っている斎藤をしばらく観察していた沖田は

「……ホワイトデー、ちゃんと返してあげなよ」

そう一言言い残し、どこか気落ちした様子で校門へ向かった
ひとり残された斎藤は丁寧にラッピングされた贈り物を未だに見つめている
その顔に、微笑が灯っていた事は

誰も知らない





end




大変おそくなりましたが、バレンタイン企画in緋牡丹想々でした!
緋牡丹は本編連載開始時点からすでに恋愛している状態なので
恋愛系イベントの話は書き易いです。
……と、いいつつバレンタインからだいぶ経ってのアップになってしまい
更に、斎藤さんとの絡みより沖田さんとの絡みの方が多いという。
微妙な三角関係。そして妬きもちから好きな子をいじめてしまう感じの沖田さんが好きです。

ヒロインSSL設定としては
島原女子の一年生。尊敬する人は君菊。
沖田、斎藤等、薄桜学園の主要メンバーとは幼い頃からの顔見知り&幼馴染みです。