昨日の敵は今日の恋#1





「ごきげんよう」


右手には大きな白いバッグ
左手には細い銀のチェーンとガラス玉のブレスレット

顔には微笑みを浮かべて、堂々と挨拶


「あ…はぁ」


あっけにとられながらも、つられて小さく小さく会釈する
赤い瞳にもう一度笑みを送り
広い艦内の狭い通路を颯爽と進む

角を曲がった所で、金髪の男の子とばったり出くわした
驚いて丸くなった目に笑みを送り
ごきげんようの「ご」を言いかけた所で、素早く眉間に銃をつきつけられた


「…何をしている。ここはザフトの艦だぞ」


なんだか、私の正体を知っている口ぶりに少し驚いてしまったけれど
意外と有名な事が嬉しくもあり
一層笑みを深めてしまった


「あなた、私を知っているの?」

「こちらの質問が先だ。地球の歌姫がここで何をしている」

「やっぱり、私の事知っているのね」


今にも引き金を引きそうな人間の前でも、余裕でいられるのは
やせ我慢じゃなく、引き金を引かないと思っているのでもなく
ただ、自分がピンチだと自覚いていないだけなのだと思う


「…それと、“地球”の歌姫では少し語弊があるわ。私はあくまで――」

「あの!君もしかして乗る艦間違えてるんじゃ――」


私の言葉を遮った大声に、私と金髪の男の子が反応する
振り返ってその人物を確認しようとした私に
金髪の男の子は「動くな」と冷たく言ったけど、無視した


「あら」


声の主は、さっきの赤い瞳の男の子
銃を付き付けられている私と、銃を付きつける仲間を見
もう一度、私と男の子を見た


「レ、レイ…何でっそんな事してるんだ?」

「侵入者だ、シン」

「侵入…者?迷子じゃなくて?」


シンと呼ばれた、見た目同年代の男の子が
瞳を丸くさせ、私を見つめる

侵入者。ときっぱり言われてしまったけれど、実際それは正しい


「ええ、私は侵入者よ」


息を吸って、吐いて、口を開く


「はじめましてコーディネイター。私は、あなた達に会いに来たの」


レイの方へ向き直り
私の眉間を狙う銃を、やや上目遣いで見て
次にレイの瞳をまっすぐに見る


「一応、どれだけ自分が無謀な事をしているのかは分かっているわ
今ここであなたが引き金を引いても、文句を言う資格はない」


でもね、と言い置いて
一度瞬きをし、瞳を潤す


「私には、それなりに目的があるの」

「目的?」


背後の声が問う
説明すると長くなるので、とりあえず今は肯定だけしておこう


「そう。だから、今ここで撃たれるワケにはいかないわ」


探るようなレイの瞳を見つめ返す
たっぷり10秒は見詰め合った後
冷たい銃口が、眉間から離れていった

とりあえずは銃を収めたレイが、金髪を靡かせてくるりと反転


「艦長に報告してくる。それまでその侵入者は任せたぞシン」

「えっ!ちょちょっレイ!」


焦って呼びとめようとする声を無視された
憐れなシンに振り返る

困った顔へ、宜しくと言わんばかりに微笑んでみせる


「えっと…とりあえず――」


荷物検査をするという事で、話はまとまった





白い鞄に詰めてきた私物達が
次々と出され、並べられていく

お気に入りの洋服

お気に入りのパジャマ

歯磨きセットやら、化粧セットやら


「…この布袋の中、は?」

「下着」


厚手の小さな布袋の中身を正直に言うと
シンは顔を真っ赤にして、さっさとそれを脇に置く

次に、毛の固まりを引っ張り出す
愛用のうさぎのヌイグルミ。これが無いと眠れない


「…これは?」


ヌイグルミを脇に置き、バッグの底からハンカチで包んだ
物体を取り出した
開けていいのかな?と許可を取るようにこちらを見たシンに
どうぞ。と告げ


「ただの銃よ」


と付け足した

シンが包みを開き、言ったとおり銃が顔を出して
荷物検査は終了

する筈もなく


「なっ…こ、これ本物――!?」

「ええ、本物よ」


私と銃をせわしなく交互に見る、見開いた赤い瞳に
笑いかけた


「安心して、あなた達にその銃口を向ける為に持ってきたんじゃないの」


と、言った所で安心してくれるワケはない

一歩近づき、両手でそっと銃を持つシンの手を包むと
大げさな程、シンの体が大きく震えた


「ね、私は確かに侵入者で、これは確かに銃だけれど」

「…」

「これであなた達を攻撃なんてしない、絶対」

「…」

「だから、この荷物のことは誰にも言わないで」


意外にも、シンは反論することもなく銃を預けるように手の力を抜いた
手元に戻したずっしり重い銃をさっさとバッグの底に仕舞うと
艦長に報告を終え戻ってきたレイに笑いかけた





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シンがメインになる予定です。
運命が終了してもうすぐ1年でシンメインの連載は初めてってどうよ

この話の下書き数ヶ月前書きあがってたのですが
なんだかんだで今日やっとアップです。