薔薇色の少女





自宅に居ない場合の
彼女の所在を、少ない経験からイザークは把握していた

エレカから降り、口を真一文字に結んでいたイザークが
辺りを見渡す

数ヶ月前、彼女を訪ねて訪れた時には
まだ庭と呼べるものではなかった

それより以前、彼女の頼みを聞き入れ
一緒にここへ訪れた時は、もっと酷かった


「…ずいぶんマシになったものだな」


イザークにとっては、それなりの褒め言葉を吐き
可憐な薔薇の咲く、クライン邸の庭へ足を踏み入れた

庭に人の動く気配が無い理由はすぐに分かった

真っ白な庭用のテーブルに広がる長い赤い髪
髪に埋もれるように、青磁の瞳を閉じて寝息をたてる顔があった


「…おい」


傍により、一声かけてみたが
彼女が起きる気配はない

体を揺する、もしくは大声を出すという選択肢もあったが
穏やかな寝顔を見れば、無理に起こすのも忍びないという気になった

向かいのイスに腰掛け
テーブルに肘をつき、彼女の赤い髪を見つめて溜息を吐いた

気まぐれに吹いた暖かい風が
イザークの銀の髪と、彼女の赤い髪を優しく巻き上げた


「う…ん…」


退屈なような、そうでもないような時間をしばらく漂っていた
イザークは、うめき声と共に体を僅かよじらせた彼女に反応する


「うぅ…」

「お、おい?」


うなされているのか?
思いついたイザークがイスから腰を浮かせたのと


「だから!それは卵で豆じゃないんだって!!」


声を張り上げ、彼女が飛びあがるように立ちあがったのは
同時だった





「ど、どうぞ…」


まだ頬を真っ赤に染めたままのが、湯気の立つカップを差し出し


「あぁ…」


どんな表情で対応すれば良いのか分からないイザークは
よく分からない表情でお茶を受け取る

一体何の夢をみていたのか

気になったが、聞けなかった


「…帰ってきたんですね」


一口お茶を含んだが口を開く


「あぁ、昨日帰ってきた」


言いながら、イザークもお茶を飲む


「ありがとうございます」

「何だ、唐突に」

「疲れているところを、わざわざ来てくれて」


礼を言われる程ではない。
言いかけて、そっけないかと思い留まって言い代える


「アスランに宜しくと念を押されているからな」


これも充分そっけないか
『優しいモノの言い方』という本があれば今なら買うと
イザークが後悔がてらに考えている間に
が僅かに表情を曇らせていた


「アスラン…今、どうしているんでしょうか」

「さぁ、元気にしているだろう。あいつの事だから」


あっさり言い放ち、また一口お茶を飲む
口を離し、カップの中で揺れる黄金色を眺めていると
小さな笑い声が目の前から発し

顔を上げたイザークは、肩を震わせて笑いを噛み殺すを発見した


「どうした?」

「信頼…しているんだなって、アスランの事」

「べ、別に信頼しているワケじゃない。ただ先の大戦で何度も死にかけては生きていた男だからな」


は目を丸くしてから
口の端を柔らかく持ち上げ、目を細めて楽しそうに微笑んだ


「そう言われれば、そうですね」


つかの間、イザークはその微笑に魅入った





「え、もう帰っちゃうんですか?」

「あぁ、事務的な仕事が残ってるんだ」

「そうですか…」


残念そうに顔を伏せたかと思うと
あ。と思いついたように声を上げた


「ちょ、ちょっと待ってて下さい!ちょっとだけ」


言うなり、イザークの返事を待たず
は赤い髪を揺らして、どこかへ走っていき

少し経ってから、一本の薔薇を手に持ってきた


「あ、あの…」


立った状態で待っていたイザークに
赤い薔薇が差し出される

赤い薔薇

の髪とよく似た色


「これ、昨日やっと咲いたんです」

「貰っていいのか?」

「貰って下さい。イザークさんのおかげで咲くことができたんです」

「俺の、おかげ?」


水をやった覚えも栄養を与えた覚えもないイザークは
心持ち首を傾げる


「…イザークさんがこの家を助けてくれたから、薔薇はもう一度咲くことができたんです」


の願いを聞き入れ
このクライン邸が取り壊されないよう手配したのはイザークだった


「あたしも、もう一度この家に戻ってくる事ができました…」


嬉しさと、ほんの少し悲しさを混ぜた瞳を向けられ


「そ、それは良かったな」


気持ちとはうらはらに
やはりイザークはそっけなく返す


「また、来てくださいね」

「あぁ」


初めて会った時には想像もできなかった
柔らかい微笑みに見送られ

包むように薔薇を持ち、クライン邸から去るべく歩みを進める

ふと、振り返ると
はまだ見送る体勢のままでいた

風に赤い髪が揺れる

この薔薇のように赤い髪が


8割方修繕された屋敷
庭が以前のように華やぐ日は近いだろう

どんなに元通りになっても、少なくともここへ帰って来る家族はいないのに

それでも彼女は薔薇を咲かせつづけるのだろう


揺れる赤い髪を見て、イザークは思った





End





どうしてもイザークと絡ませたかった執念の結晶のような夢です。

種が終了して、種デスが始まる中間位の時代の話です。
「やさしい子守唄」で、アスランはヒロインに笑ってもらいたがってましたが
あっさりイザークに先越されました。
そんなアスランが好きです。(歪んでるなぁ)