咄嗟の嘘




桟橋を挟んで、二人は睨み合っていた
…というか、主に睨んでいるのは艦からこちらを見下ろす金髪の男の子だけで
あたしは怯えた視線を向けていただけだけれど

「あ――あのっ!」

怖さを押し殺して、桟橋の向こうに届くよう必死の声を張り上げる
ザフトのエースパイロットらしき男の子は無反応
正直、挫けそうになる
でもでも、ここで逃げ出すわけにはいかない!
息を吸って吐いて、もう一度声を張り上げる

「シン・アスカ!…に、会わせて下さい!」

「何の用件だ」

今度は反応があった。但し、その声は視線と同様冷ややかだったが
そりゃ確かに、オ―ヴの人間がイキナリ訪ねてきたら警戒するだろうけど
だから、これくらいの冷たい対応は覚悟していたけれど…怖いものは怖い

「ああ、あい、会いたいんです!あたしあたし――あのっ――」

緊張すると上手く口が動かなくなる
それでも只管必死に言葉を紡ぐ。考えて物を言う機能はすでに麻痺していた
だから、自分でも自分が何を言ったか一瞬分からなかった

「あたしっシシシン・アスカの、こここんやくしゃなんです!」

明かな嘘だった。咄嗟の嘘だった
金髪の男の子から冷たさが消え去った。変わりに驚きが顔中に広がっていった





「誰が誰の婚約者だって?」

金髪の男の子に負けない位冷たい視線を浴びせながら
棘棘しい言い方で、シンは腕を組み直した

「あの――ごめんなさい」

通されたシンの部屋(さっきの金髪の男の子と同室らしい)の床で、あたしは何故か正座させられ
ベッドに坐るシンに見下ろされている
約2年ぶりの再会だっていうのに、この仕打ちは酷い
まぁ、原因はあたしの発言にあるのだけど

「なんで、そんな嘘ついたんだよ」

「だだだって、どうしてもシンに会いたかったから…」

乗艦リストにシンの名前を見つけて、いてもたってもいられなかった
プラントで何をしているのか、連絡ひとつ寄越さないシンを本当に心配していた

「だからって、咄嗟に婚約者とか出てくるか?フツー」

「い、嫌…だった?」

「は?」

「あたしが婚約者とか…嘘でも、嫌だった?」

あたしの言っている事がよく分からないのか、ぽかんとしたシンの顔を見上げながら
涙を堪える
そういえばナチュラルの歌で、涙が出ないように上を向こうっていうのがあった気がする

涙が溜まったあたしの目に気づいたのか、シンの赤い瞳がギョッとしたように見開いた

「な、何泣いてんだよ!?べ、別に嫌とか言ってないだろ」

「でも…迷惑そうな顔してたし」

「迷惑ってか…びっくりしただけで…それに“婚約者”なんて金持ちの言葉みたいだったし」

言い訳のような言葉をぶつぶつ呟きシンがベッドを滑り降りた
同じ目線の高さになって、つい涙腺が緩んでしまったあたしは、ぼろりと涙を零してしまった

「つか、泣くなって――みんなが見てるから」

――みんな?

シンの言葉が引っかかり、赤い瞳を見つめると
呆れた色を浮かべた瞳が、あたしの背後へ視線を注いでいた

ゆっくりと振り返り、シンの視線の先を追う
開いたドアから、同年代位の顔顔顔――

同僚の婚約者を見てやろうと、好奇心旺盛な色とりどりの瞳があたしとシンを見守っていた