27:溶けたアイス#1





「お願い…少しだけ、命を分けて…」


体温の消えうせた冷たい手で
首筋を隠すこげ茶の髪を掻き揚げる

私と正反対の、暖かい首筋

私は一度、目を閉じて
暖かい首筋に流れる、血を感じた

ドクドクドク



欲しい…早く…
でも、焦ってはいけない

反対の手で胸を押さえ、焦る気持ちを落ちつかせる

焦ってはいけない
がっついて、殺してしまってはいけないから

あくまで、ほんの少し分けてもらうだけだから

…ほんの少し

白いベッドで眠る、目の前の男の子が起きる気配はない
私は、首筋に触れる指先を折り曲げ
尖った人差し指の爪を押し付けて、そっと傷付けた


じわり。


首筋の傷から、血が滲み出してくる


ごくり。


私の喉が鳴る

目から零れ落ちそうな涙をこらえ
そっと傷口に唇を近づけた

血が染みる肌に舌を這わせると
口内に広がる鉄の味

不味い

血なんて、美味しいわけじゃない
でも、体が欲しがっている

もっと、もっと、もっと
もっと血を!


「何をやっているんだ!」


耳に響いた叫び声に反応した体が
弾かれた様に、男の子の首から顔を離れ硬直した

緑の瞳が睨んでいた

一度は止まった心臓が、大きく脈打つ
足の力が抜けそうで、逃げることもできない


「キラに何をした!」


大股で近づいた緑の瞳の男の子が
強い力で私の両肩を掴み、背後の壁へ押しつける


「…あ」


怖い


「ご、ごめんなさい…」


男の子は、未だに眠る男の子の方へ目を向け
首の傷に気づいたらしく

こちらへ向き直った彼の目は、さっきよりも厳しかった


「血を…吸ったのか?」

「ごめんなさい…」

「吸血鬼」

「違う!」


そんなんじゃない…

ただ、死にたくないの
ただ、生きる為に必要なの

…なら、同じ?
吸血鬼と同じ?

違う違う違う


「私は…人間…」


緑の瞳を見つめ返した目から、涙が零れ落ちる


「でも…必要なの…ち、血が」

「君――」

「アスラン?」


ベッドから声がした
私と、アスランと呼ばれた男の子が同時にそちらを見る

目を覚まし、上半身を起こした男の子が
紫の瞳に私達を映し、この場にそぐわない
のんびりした声を出す


「アスラン、駄目だよ」

「え?」

「女の子を泣かせちゃ駄目だよ」

「あ…」


私の両肩を掴んでいた手が離れた





血の海の中に倒れている私に
黄味がかる緑の髪の人が笑いかけた


『もうすぐ、死にますね』


とても綺麗な顔
天使のような

でも、悪魔のような笑顔


『…死にたくありませんか?』


死にたくない。


声を出そうとして、口から声は出ず
嫌な音と共に血だけが溢れ出た

代わりに、返事をするように
右目から涙が一筋零れた

悪魔の笑みが、深みを増す


『そうですよね、には生きていたい理由がある』


生きていたい理由

その通りだった
死にたくない、生きていたい

まだ彼に、何も…


『僕が、助けてあげましょうか?』


白い手が伸びてきて
頬に貼りつく涙を拭った


助けてくれるの?


意識もおぼろな頭で呟く
綺麗な顔が、ゆっくりと頷いた


『では、もう一度その心臓を動かしてあげましょう。元通りにしてあげます』


優しく囁いて、悪魔は『でも』と付け加える


『僕は万能じゃないから、全てをあげられません』


悪魔の白い手が血の海を撫で
真っ赤に染まる

その手を、口に近づけ
赤く染まる指先に舌を這わせた悪魔が
満足気な笑みを向ける


『血だけは、僕の力でも作ってあげられません。だから』






「“血は自分で手に入れて下さい”」

「そう…言われたのか?」


汚れたスカートの裾を握り締めて頷く
アスランがキラと呼んだ男の子を見た気配がした


「それで、僕の血を盗ったんだね」

「…」

「…血を奪って、殺すつもりだったのか?」

「ち、違う!殺すつもりなんてなかった!ただほんの少し分けて欲しかったの…」


目の前の緑の瞳を見上げる
懸命に見つめると、根負けしたアスランが顔を反らし
溜息をついた

追い討ちをかけるように、キラの声が飛んでくる


「で、どうするの?アスラン」

「…どうするって…」

「殺すの?見逃すの?」

「殺す…って、お前なぁ」


アスランの呆れたような声


「あんな話聞いて、できるワケないだろ…そんな事」

「そうだよね」


淡々と話すキラに
そんなに冷静でいいのかと、私が疑問に思ってしまう


「でも、見逃したって殺すのと同じだよ。…血が手に入らなかったら死んじゃうでしょ?」


答えを促すように、紫の瞳がまっすぐ私をみる
恐る恐る私は答える


「う、うん…」

「行く所も帰る所も、無いんじゃないの?」

「…うん」

「キラ、お前まさか――」

「うん、ここに住んでもらおうよ」


あっさり言い放ったキラ
アスランだけじゃなく、もちろん私も驚いた


「そ…んな、簡単に言うけどな」

「いいじゃない。家族が一人増えたって、反対する人は居ないよ」

「…」

「アスランさえOKしてくれれば」


深い深い溜息をついてから
アスランは私を見た


「と、キラは提案してるが…どうする?」


戸惑いを隠さず、キラとアスランを交互に見る

本当は、きっと関わってはいけないんだ

でも、小さく小さく頷いたのは
生きていたかったから





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演歌界のプリンスが献血の宣伝で
「血液だけは作る事ができないんだよね」というような事を言っていたのを聞いて
閃きました。(どんなひらめき方や)

厳密に言えば、ヒロインは吸血鬼ではありません。

最初は、ギャグっぽいのを考えていたのですが
いざ話を考え出したらシリアスでややグロ?な感じになってしまいました…
そして何故かキラがクールな仕上がりに