月下の花#4





「ちょっと新八っつぁん!なんでオレのおかずばっか狙うかなあ!」

「ふははは!それは身体の大きさだぁ!」

……賑やかだ
目の前で繰り広げられる争奪戦に
あたしは箸を持ったまま、ただただ圧倒されていた

沖田組長達に連れられて突然やってきたあたしを見ても
原田組長と永倉組長は特に驚く事も無く
当たり前の様に席を用意してくれて、今日は一段と華やかな飯になるなと笑っていた

そしてすぐに勃発したおかずの争奪戦
圧倒されっぱなしのあたしのお膳にも魔の手が忍び寄っていた

「何をしている。ぼんやりしていると食うものが無くなるぞ」

そう言いつつ、斎藤組長の箸が素早くかつ華麗にあたしのおかずを攫ってゆく!

「あぁ!」

「そんな悲しそうな声出さないでよ。ほら、僕の分あげるから」

余程悲痛な叫びに聞こえたのだろうか
沖田組長が自分のおかずを差し出してくれたけど、あたしはそれを手で押しとどめた

「いいえ、自分の失態は自分でカタをつけます!」

叫んで、一気に斎藤組長のお膳へ箸を伸ばし素早くおかずをつかみ取った
まさかの反撃に驚き固まる斎藤組長

「おぉ、やるな

離れた席から原田組長が感嘆の声をあげる

「一応、道場で鍛えられてますから」

「そういえば君の家は道場を開いていたんだね」

思い出した様に言った沖田組長に頷く
年の離れた兄達とのおかずの取り合い
永倉組長と藤堂組長程の激しさは無かったけれど
食事時だけは、上も下も関係なく賑やかにおかずを取り合っていた

「なる程、それでその度胸と箸さばきって訳か」

「……不覚」

楽しそうに何度も頷く原田組長と
呆然と一品分のおかずが抜けたお皿を見つめる斎藤組長
その機会を見逃さず、更に斎藤組長の膳へ箸を伸ばしかけた時

「ちょっといいかい、皆」

広間へやってきた井上組長が、真剣な様子で皆を見回した
あたしが紛れ込んでいるという違和感には気付いているようだったけれど
そんな事には構っていられない風だった
自然に、空気がぴりりと張りつめる

「大坂に居る土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらし い」

え、と声をあげかけて慌てて飲み込む
山南総長は左腕を負傷し、命に別状はないという事だけど
傷は相当の深さだという

簡単な説明を終えた井上組長が広間を去っても
すぐに声を発する者は居ない
命に別状は無いという情報に、安堵した様子の千鶴ちゃんから目を逸らし顔を伏せた
もし山南総長の傷が二度と刀が振るえない程のものだったら
剣士にとってそれは死んだ事と同じだ

けれど、山南は新選組になくてはならない人物だ
たとえどんな手を使っても、もう一度刀を握ってもらわなければ

……どんな手を使っても?

一瞬頭に過った考えに戦慄する
密かに息を詰めたあたしの隣で、沖田組長が小さく息を吐き出す

「薬でも何でも使ってもらうしかないですね。山南さんも納得してくれるんじゃないか なぁ」

薬。
ぎくりとして、反射的に声を上げてしまった

「やめてください!薬なんて……簡単に言わないで下さい」

「どうして?それに、君だって同じ事考えたでしょ」

図星だ
山南総長には刀を握ってもらわなければ
どんな手を使ってでも。あの薬を……変若水を使ってでも

「で、でも……」

手の平を握りしめ、声を絞り出す
変若水は未完成だ。脳裏に獣に成り下がったかのような血に狂った笑みが浮かんだ

の言う通りだ、滅多な事は言うもんじゃねぇ。幹部が[新撰組]入りしてどうする んだよ?」

「……え?」

永倉組長の言葉に千鶴ちゃんが不思議そうに首を傾げた

「新選組は、新選組ですよね?」

駄目だ。これ以上は千鶴ちゃんが知ってはいけない闇
適当な口実を作って彼女を部屋へ連れ帰ろうと口を開きかけた時
藤堂組長が文字を書くように、空中に指を滑らせた

「普通の[新選組]ってこう書くだろ?[新撰組]は[せん]の字を手偏にして――」

「藤堂組長!」

「平助!」

慌てて遮ろうとしたあたしの声と、原田組長短く叫び拳を振り下ろしたのはほとんど同 時だった
容赦なくなく殴り飛ばされた藤堂組長を見、千鶴ちゃんが青ざめる

「止めて下さい原田組長!」

原田組長を止めようと、膳に手を付き立上がり
飛び出そうとしたあたしの手を沖田組長が強い力で掴んだ
見れば、斎藤組長の腕も制するようにあたしの前に伸ばされていた

「落ち着け、

「止めに入ったって、君も平助みたいに吹っ飛ばされちゃうだけだよ」

「……」

二人掛かりで引き止められ、大人しく腰を下ろす
永倉組長のとりなしで、原田組長も落ち着きを取り戻し
藤堂組長も失言を反省しているようだった
静かで、沈んだ空気に沖田組長の声が冷たく響く

「[新撰組]って言うのは、可哀想な子たちのことだよ」

胸に突き刺さるような言葉だった
新撰組は、悲しくて醜い闇の存在
だから山南総長にはそちらに行って欲しくない
だから千鶴ちゃんには触れて欲しくない

結局、沈んだ空気が拭われる事は無く
重苦しい空気を厭うように、皆が残りのご飯をかき込んだ

夕食の後片付けも済み、前川邸に戻ろうとしたあたしの背中に引き止める声が掛かった



振り返ると、気遣うような表情を浮かべた原田組長が立っていた

「大丈夫か?顔色、悪いぞ」

「はい……大丈夫です」

「そんな声じゃ全然説得力ねえって」

まあ無理もないか、と続けた原田組長は困ったように笑う
そこには藤堂組長を殴り飛ばした時の凄みは無くて
少しだけ安心した

「……山南総長の傷がもし、剣士として致命的な物だったら……やはりアレを飲む事に なるんでしょうか」

あたしの問いに、原田組長はすぐには答えてくれず
少し間を置いて、固い声で口を開いた

「そうなるかもしれねえな」

気休めはいらない、正直な言葉が欲しかった
原田組長は正直に答えてくれたのに、あたしの気は益々沈み込む
ふ、と頭に暖かいものが触れた
原田組長の大きな手が、あたしの頭を掴んでわしわしと撫でる
乱暴だけど、優しい暖かさ

「新撰組に関しちゃお前は俺らより色んなものを見てるからな……不安に思う気持ちは 分かる。だがな、一人で背負い込むみたいな顔すんな。折角の別嬪が勿体ねえだろ」

最後は冗談を言って、原田組長は柔らかく笑ってくれた

「ありがとうございます、原田組長」

「おう、やっとちょっと笑ったな」

「何二人で雰囲気作ってんだよ。俺も混ぜろ!」

割り込んで来た永倉組長が、原田組長の首を腕で締め付ける
永倉組長が無理して元気に振る舞っている事は薄々感じたけれど
今はそれがとてもありがたかった





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ご飯時は容赦の無い斎藤さんとヒロイン。