月下の花#6





「ご苦労様です、山崎さん」

「あぁ、君か」

店と店の間にある路地にそっと身を潜ませていた山崎さんに声を掛ける
同じように身を潜ませ隣に立ったあたしを、何故か山崎さんはまじまじと見つめた

「どうしました?」

「あ、いや……少し残念だと思っただけだ」

「残念?」

「君は女装が得意だと聞いていたから、内心楽しみにしていた」

「……」

こういうやり取りは慣れているとはいえ、釈然としない
珍しく笑みを見せている山崎さんは、単にあたしをからかっているだけなのは明らかなんだけど
普段がとても真面目な山崎さんなだけに、少し意外だった

確かに、情報収集の為に娘姿になる事は時々あって
それは男の格好より女の姿の方が、相手も油断するらしく
情報が引き出し易いから
ただ、今日は必要無いと思って普段通りの格好で……

などと、つらつら考えているあたしが返事に困っていると思ったのか
山崎さんが少し申し訳なさそうな顔をした

「そんなに困らないでくれ、少しからかってみただけだ」

やっぱり、山崎さんは真面目だ。人をからかい慣れてない
あたしはなんだか可笑しくなって、つい吹き出してしまった
そんなあたしを不思議そうに見つめた後
山崎さんはさっさと話題を変えた

「で、そちらは何か収穫があったのか?」

「いいえ……有力なものはありませんでした」

綱道氏に関する有力な情報は未だ掴めていない
あまり公に探せないので、行動には制限があるとは言え
正直手詰まりになっている今の状況は情けなかった
これでは、千鶴ちゃんを安心させたくても何も言えない

「山崎さんの方はどうですか……?」

誤摩化すように、山崎さんの仕事の方へ話題を変える
観察方は今、桝屋喜右衛門という男について調査している
……いや、調査というのは正しくないか
桝屋喜右衛門という男は長州の間者であり、今は監視しつつ泳がせているんだ

あたしの質問に、山崎さんは少し疲れた様子で首を横に振った

「いや、こちらも手詰まりだ。奴は中々尻尾を見せない」

「そうですか」

少しだけ落胆して、通りの向こうにある枡屋に視線を向ける
と、空気のざわつく気配がして
目の前に見慣れた浅葱の羽織りが現れた
そうか、巡察の時間だったんだ

沖田組長率いる一番組の隊士達が辺りに気を配りながら道を行く
道端へ寄る京の人達の中には、迷惑そうに顔をしかめる人も少なくない
決して歓迎されていないという事実に、複雑な思いになった

沖田組長があたし達の前を通り過ぎる時
目が、合った
そして、僅かに微笑んだ素振りを見せると
何事も無かったように通りの正面に向き直る

そして、あたしは見慣れたもう一つの姿を発見した

「あ……千鶴ちゃん」

少年のような格好をした少女が、道行く人々に何事か訪ねて回っている

「外出許可が下りたのか」

山崎さんが呟き、納得した
ならば、千鶴ちゃんが訪ねて回っているのは綱道氏の事だろう
ひっそりとその光景を見守っていた時
一人の男が千鶴ちゃんの問いに答えるように、すっとある店を指差した

「え?」

思わず、山崎さんと顔を合わせる
山崎さんの顔には困惑が浮かんでいた。きっとあたしの顔にも

男が指差すその先には……枡屋があった
不味い。どんな理由であれ、新選組が枡屋と接触する訳にはいかない
沖田組長も充分承知している筈だ
すっと厳しい表情になり、口を開こうとした沖田組長を遮るように
平隊士の叫ぶ様な声が響いた

そして、あっという間に枡屋までを巻き込んだ大捕り物に発展した……





結果として、桝屋喜右衛門こと古高俊太郎は捕縛され
長州の浪士達が画策した陰謀も、副長の“取り調べ”によって明らかになった

枡屋の捕縛は予想外だったけれど
結果的には良かったと島田さんも山崎さんも納得しているようだった
ただ、沖田組長は総長に厳しい小言を言われたらしい
沖田組長は悪くない。もちろん千鶴ちゃんも悪く無い
総長だって悪く無い……彼の言い分は尤もだから

けれど、今は身内で言い争っている場合じゃない
長州の浪士達が今夜会合を開くという事で、急遽討ち入りの準備となった
……とはいえ、“新撰組”は今回の討ち入りに参加できず待機となっている
そうなれば当然あたしも参加できない。ううん、元々あたしは参加出来ないか
慌ただしくなった屯所の空気を感じながら、もどかしい気持ちを抑えるしかなかった

あたしが総長に呼ばれたのは、屯所が静かになって
それからしばらく経った後だった
指示通り浅葱の羽織りを羽織って、広間へ到着したあたしに
総長は厳しい表情で告げる

「本命は池田屋でした」

本命は、四国屋ではなく池田屋
四国屋に向かっている副長達への伝令は山崎さんと千鶴ちゃんが向かっているという
それだけを簡単に説明してくれた総長は、厳しい表情を崩す事無く
まっすぐにあたしを見た

「君は今すぐ池田屋へ加勢に向かって下さい」

「……え」

思いがけない命令に、戸惑った声を挙げてしまう
討ち入りの、加勢
羽織りを着てくるように指示された理由に今更気付く

「け、けど総長……あたしは」

討ち入りに参加してもいいのだろうか
平隊士に、あたしの存在がバレてしまうかもしれない
そんな躊躇を察したらしい総長が、僅かに微笑んだ

「安心しなさい、斬り合いが始まれば誰が誰かなど考える余裕はありません。重要なのは敵か味方という事です」

「……」

「今、君が何者かを証明するのはその羽織りだけです」

そう言って、総長はすっとあたしの左胸を指した
存在する筈の無い隊士ではなく、一人の新選組隊士だと言ってもらえたようで
嬉しかった

「無力な私の代わりに君、君は存分に腕を振るって来て下さい」

ずきりと心が痛むような言葉
痛んだ心を押し隠すように、口を引き結んで
しっかりと総長に頷いて見せた

総長に背を向け、屯所を飛び出す
夏の暖かい空気をかき分けるように、あたしは夜の道を駆け抜けた






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山崎さんとヒロインはどっちが先輩なんだろう…
歳は山崎さんの方が上ですが