ノワール#1


ふわりと、舞い降りる風のような優雅さで
今まさに斬り掛かろうとする鬼と人の間に割り込んだ
左の刀で鬼の、右の刀で人の刃を制した

「双方動くな」

「なっ……」

「……!」

鬼と人、それぞれが驚きの声を発する
刀で威嚇しながら、はまず人間の方へ鋭い視線を向けた

「お前は刀をしまえ。奴はお前が敵う相手ではない」

「なっ……んだと?」

の言葉が癪に触ったらしく、驚きに見開いていた目を険しくさせたが
は更にぞんざいな口調で言葉を投げつける

「無闇に斬り掛かってお前が死ぬのは勝手だが、大切な妹を傷つけられてはたまらんからな」

「……妹?」

鬼の副長とも呼ばれている男の疑問を無視し
次には西の鬼を忌々しげに睨みつけた

「お前はさっさとその子から手を放せ」

「……何故俺が貴様のような女に指図されねばならん。貴様、一体何者だ」

西の鬼――風間千景は驚く表情を浮かべていたのも束の間で
やはりの言葉に不快そうに顔を歪めた
も負けない位に眉間に皺を寄せ、不快を現す

「忌々しい西の鬼め。お前に名乗る名などない」

「なんだと……?」

不快を頂点にした風間が刀を持つ腕に力を込めるより
の動きが先だった
僅かな動作で一気に風間へ斬りかかる
なんとか刀での攻撃を防いだ風間だが、懐の存在が邪魔になるのか
思うように反撃できず、舌打ちして苛立ちを滲ませた

鼻で嘲笑ったが右の刀を地に刺し
左の刀一本で更に風間へ斬り込む

「千鶴!」

風間がだけに意識を向けた瞬間、は捕われている少女の名を叫んだ
不安気に成り行きを見守っていた千鶴が弾かれたように
風間の懐から飛び出し、その身はすぐに新選組隊士に引き取られた

「チッ」

舌打ちと共に、身軽になった風間は数歩背後へ退き
緋色の瞳でを睨みつける
強い視線を、余裕の笑みで受け止めた

「どうした?女相手にしてやられて声も出ないか?」

「貴様……人ではないな」

風間の問いを、は鼻で笑った

「今頃気づいたのか?鈍いな」

嘲りの言葉に風間は眉を寄せて嫌悪を示したが
それよりも疑問の方が勝ったようだった

「どういう事だ?女鬼はその女だけの筈では……」

風間の瞳に戸惑いの色が浮かぶ
は風間の視線からすら千鶴を隠すように体を移動させた

「何を戸惑う。お前達がそう思い込んでいただけだろう?」

「……その女を妹だと言ったな――ではまさか、貴様……雪村か?」

「そうだ」

「雪村……?」

の背後で小さく呟く声がした
誰の声かは分からなかったが、鬼にも人にも動揺が広がったのは確かだった
絞り出すような声で風間は言葉を紡ぐ

「……雪村は死んだ筈だ」

「誰がそんな事を言った?私は生きていた。お前達の知らない所で、ずっと」

「…」

考え込むように黙り込んだ風間へ、は悪意を滲ませた笑みで語りかける

「この場から立ち去れ。でなければ斬り殺す」

構えた刀を握り直すと、風間の顔にも笑みが浮かんだ

「姉の方は剛胆に育ったらしいな――いいだろう、雪村。今宵はお前に免じて退いてやる」

刀を鞘に戻し、どこか楽しげにを見つめてから
背後の闇に溶け込み、鬼の一行は消えた

しばらく闇を睨みつけていたは、完全に風間達の気配が消えた所で
ようやく構えを解き、くるりと反転した
あっけにとられている面々を見渡し、土方に焦点を合わせる
土方自身も充分に驚いているようだったが、何とか驚きと困惑を押し隠している
追求するような強い視線をへ向ける

「雪村……だと?てめぇ一体何モンだ」

「今のやりとりを聞いていただろう?私は千鶴の姉だ」

「姉が居るなんて聞いてねぇぞ。おい雪村!」

怒鳴り声で名を呼ばれた千鶴が、土方の背後で小柄な体を更に小さくさせる

「どういう事だ?どうして俺たちに黙っていた?」

「わ、私も知りません……。私に姉様が居るなんて――知りません」

消え入りそうなか細い声
二本の刀を鞘に納めたが助け舟を出す

「妹を責めるな。私達は幼い時に離ればなれになったんだ、覚えて無くても無理はない」

「……離ればなれ、か。怪しいな」

千鶴から、再びへ向き直った土方が
言葉同様、いかにも怪しい者を見る目でを睨んだ
他の者もから千鶴を庇うように立ちはだかる
面倒くさそうに一つ息をついたが口を開く

「証拠ならある。話が聞きたいのなら、お前達にも話してやろう」

ぞんざいな口の聞き方にほぼ全員が眉を顰めたが
反論してくる者はいなかった

ふわり、と吹いた風がただ束ねただけのの髪を撫でていった





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新連載、始めてしまいました。
第三章の風間一行による屯所襲撃から話は始まります。

きょうだいネタという事で、もちろんあの子も出てきます