ノワール#10
「なんだ、今日も夜の散歩か?」
からかうように言えば、壁に背を預けていた土方は
まぁな、と仏頂面のまま呟いた
この間といい、今日といい、一体何を考えているのか
にはまるで分からない
の打ち明け話で変な同情を覚えたのかもしれなかったが、そうではないとは思う
だいたい、同情しているのなら、もう少し気遣うような素振りを見せてもいい筈
だ
なのに、今目の前に立っている土方は普段通りともいえる仏頂面
は深く考える事をやめた。きっと、いくら考えても答えは出ない
それ以上に、土方と並んで歩く事を嫌だとは感じなかったからだ
歩き出したの隣を、腕を組んだ土方が歩く
小袖と袴では当然歩幅も違う。さりげなく土方が歩幅を合わせている事に気づき
、思わず笑みが零れてしまった
「……なんだよ」
「別に、なんでもない」
こんなやりとりを前回もしたなと思う
不機嫌になったかと、横目で伺ったが
土方はそうかとだけ答えて、前を見つめるだけだった
「……なぁ、あんたの弟だが」
唐突な呟き
「薫か?あの子がどうした?」
「いや……。この間会った時凄ぇ睨まれたからよ」
気にしていたのか。
確かに薫が土方に敵対するような視線を寄越していたのは知っていた
だからといって、それを問題だとは思わない
「当然だろう。薫は千鶴と違って全て覚えているからな」
「全て……」
「そうだ。人が、私達に何をしたのか……あの子は知っている」
だから、土方に友好的でなくて当然ではあった
友好的でなくてもせめて、土方に対して憎しみを抱いて欲しくないと願うのは
薫にとっては残酷な仕打ちなのだ
「だから、あの子が人を憎むのは仕方が無い。許せ、とは言わないが分かってや
ってくれ」
ふいに、土方の歩みが止まる
数歩先を歩いてから、気付いたが不思議そうに振り返った
「どうした」
「あんたも、そうなのか?」
問いの意味が、分からない
視線で意味を問いただしたをまっすぐに見つめ返した土方が再び問う
「あんたも……俺たちを憎んでんのか?」
「当たり前だ」
人は等しく憎く、鬼も等しく憎い
ずっとその想いを抱いて生きてきた
すぐに覆ってしまうような、半端な感情ではない
けれど、何故
当たり前だと言い切った事に後ろめたさを感じたのだろうか
人は全て憎い。それは真実なのに
「……だが、お前は」
言い訳のように、言葉を紡ぎかけ
はすぐに言葉を切った
素早く周囲に気配を配る。どうやら土方もほぼ同時に“気配”に気付いたらしい
視線を交わす
すぐに土方は腰の刀に手を掛け、二人は背中合わせに立った
気配の主達は、すぐに姿を現した
と土方を取り囲むように立ち並んだ男達は、一様に刀を抜き
じりじりと二人に詰め寄った
狙いはか、土方か、それともその両方なのか
男達の襲撃の意図は分からないが、刀をこちらに向けた以上生きて帰すわけには
いかない
相手の人数は大した数ではない
それでも素手で相手をするには少々不利ではあった
得物を持っていないは、忌々しく舌打ちし土方へ向け口を開いた
「おい土方。お前の脇差しを寄越せ」
「はぁ?何言ってやがんだ。あんたは俺の後ろで大人しく守られてろ」
すぐに返された言葉に、は気に食わないと眉を寄せた
「守られろ、だと?お前は誰に向かって物を言ってる!」
苛立の声と共には素早く行動に移った
一番近い男との距離を一気に詰め、その顔目がけて拾った小石を叩き付け
相手が怯んだ隙に刀を奪い取った
後はいつものように我流の剣術で、目の前の男達をあっという間に斬り伏せた
背後の土方を振り返り見る
丁度最後の一人を斬り伏せた土方は、に向き直り
驚いたように目を瞬かせた
助ける間もなく、さっさと片付けてしまったに改めて驚いているのだろう
「ふん」
ひとつ鼻を鳴らし、血のついた刀をぽいと捨てた
の手から離れた刀は、本来の持ち主の傍に落ち地に横たわった
この場に立っているのは再びと土方の二人だけになったが
二人は気を緩める事はなかった
は土方へ視線を寄越す。土方は緩く刀を構えたままじっと立っている
気付いているのだ
もうひとつ、潜む気配に
は気を入れ直すように息を吐き出して、うんざりした声を出した
「人の事を待ち伏せたり、こそこそと隠れたり。そういうのが趣味なのか?」
暗闇に向け、問いかける
返答はない
「いい加減姿を見せて、この馬鹿げた襲撃を説明しろ――風間」
「風間だと?」
「勘違いするな。これに関して俺は無関係だ」
低い声が響く
さりげなくに歩み寄った土方が、庇うようにの前に立つ
咎めるように背後から睨みつけたは、腹立たしげに土方の隣へ移動した
暗闇の中から姿を現した風間千景は、二人を嘲るように見下し、笑う
「災難だったな、貴様ら。折角の逢瀬を無粋な人間共に邪魔されて」
「仕向けたのはお前だろう。狙いは私か?それともこの男か?」
冷ややかな視線と声で問う
笑みは絶やさずけれど不愉快そうに、風間は固い声で言葉を紡いだ
「だから、俺ではないと言っている。だが、この人間共の狙いは土方なのだろう
な」
名指しされた土方は特に気にする様子もなく、鼻で笑ってみせた
「だろうな。別にこれが初めてって訳でもねぇしな……恨まれるのも襲われるの
も慣れてるよ」
「だが、今回は少し毛色の違う恨みだぞ?」
訳知り顔の風間へ、は眉を寄せた
「どういう事だ。お前、何を知っている」
「雪村。狙われたのは土方だが、貴様も無関係ではない」
「……」
無関係ではない。
土方が襲われたのはが原因だと言いたげな言葉だった
考え込んだへ、風間が口を開く
「お前達が斬った輩は、土佐の者だ」
「土佐……」
土方が呟き、は今回の襲撃を企てた人物に思い至った
予想外。いや、可能性はあったのかもしれない
「……まいったな」
の弱々しい呟きが、空気に溶けて霧散した
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「逢瀬」をスルーしたのは、無言で肯定したのか、完璧に無視したのか……