ノワール#11





「惚れているのか?」

からかう口調に、土方は思い切り顔をしかめて見せた
の去ったこの空間に残されたのは土方と風間
そして地に伏す数人の男達だった

「誰が、誰に?」

不機嫌さを隠すつもりもない土方は乱暴に言った

「しらばっくれるな。先程も守りたがっていたではないか」

「……女を守ろうとするのは当然だ」

「当然、か」

嘲る笑みの風間に、苛立ちが募る
刀は鞘から抜いたままだ
風間には、屯所を襲撃された恨みも隊士を斬られた恨みもある
このまま、斬ってしまおうか
刀を構え直した土方を、風間は冷ややかに見つめた

「今日は貴様と斬り合う気分ではない」

「そっちはそうでも、こっちは斬り合いたい気分なんだかな」

「血の気の多い愚かな人間は早死にするぞ」

吐き捨てるように言い、今にも斬りかかりそうな土方の様子などお構いなしに、風間は夜空を見上げた

「もう一度問う。貴様、雪村に惚れているのか?」

「……別に、そんなんじゃねぇよ」

曖昧な言葉。はっきりと肯定も否定も出来ない自分にとって
は一体何なのか

「ふん。貴様も身の程を弁えているという事か」

「身の程って……あいつはそんなに高貴な身分なのかよ」

雪村は腕っ節も強く、言葉遣いも女とは思えないほど乱暴で
けれど落ち込んだり悩んだり、大切な者へは心からの笑顔を向けられるのような
そんな、普通の女だ
決して手の届かないような女ではない

風間が侮蔑の笑みを浮かべる
何も分かっていない。そう言いたげな勝ち誇った笑みにも思えた

「これだからモノの価値が分からぬ駄犬は困る」

気に入らない。
土方自身を侮蔑された事ではなく。を物のように言った事に

「雪村は東の鬼を統べる一族の頭領となる筈だった女だ」

眼光鋭く、風間を見据える土方へ
教え聞かせるように風間は口を開く

「申し分のない血筋だ。そのような高貴な女鬼は、俺にこそ相応しい」

「……そういう事か」

ようやく、土方の顔に笑顔が灯った
風間のように、相手を嘲るような悪意の笑みが

「風間、あんた結構分かり易い男だな」

「どういう意味だ」

「なんだかんだと理由を付けてるが、要はあんたの方こそ惚れてんだろ?雪村に」

風間は何も答えず沈黙した
どうやら図星だったらしい

ようやくの反撃が成功した事に清々しさはあったが
何故か面白くない

に好意を抱いている存在がいるという事実に
土方の心は、本人の意思とは無関係にざわついた





「アレをけしかけたのはお前の仕業か?」

いつになく厳しいの声にも動じる事なく
畳の一点を見つめる薫は、薄い笑みを浮かべた

「……姉様が一緒の時は襲うなって言い聞かせておいたのに、人間ってホント役に立たないな」

それは、薫が今回の襲撃の首謀者だと認める言葉
襲撃者達が土佐の者だと分かった時から、確信はしていたが
それでも、本人から肯定の言葉を聞くのは衝撃的だった

「何故だ、薫」

人間を憎んでいるのは知っている
けれど何故、今なのか
何故、土方なのか

薫を責めているわけではい。けれど、つい咎める口調になってしまう

「土方を殺せば千鶴を取り戻せるとでも思っているのか?」

の言葉に反応した薫が、落ち着き払っていた姿勢を崩して立ち上がり
感情的にを睨みつける

「思ってないよそんな事!……けど、土方が死ねば姉様は俺の所に戻って来るだろ!?」

激昂した薫に、気圧される
言葉の意味を汲み取りきれない
はずっと薫の傍に居た……居た筈だった

「この間だって、楽しそうに歩いてた……姉様は俺より土方と居る方がいいんだろ!?」

「違う!」

ようやく再会できた肉親より大切な存在などない
けれど、土方は――
土方に対する感情の名は、自身にも曖昧で分からない
結局、何に対して違うと叫んだのかも分からなかった

「姉様、土方は人間だよ?俺達の一族を滅ぼした人間なんだよ?忘れた?」

「忘れてなど――」

言葉が詰まって、後が続かない
薫の縋るような瞳を見つめ、は苦しそうに顔を歪めた

忘れていたのだろうか?
そんな事はない。けれど、薫が忘れていたと疑うのなら
そのせいで薫を追い詰めていたのなら、忘れていたのと同じだ

「姉様が居るから、俺は千鶴が居なくても我慢出来た。なのに、姉様は俺を捨てるの?」

「馬鹿な事を言うな。お前を捨てる筈がないだろう」

「だったら!ずっと俺だけの傍にいてよ」

薫の言葉は、苦しかった。けれど同時に嬉しくもある
それは悲しい喜びだったが、これ程にを必要としてくれる者が他にいるだろうか
きっと、居ない

「姉様……俺を独りにしないで」

俯き、沈黙した薫の傍らへそっと近付く
優しく抱きしめると、薫の温もりが伝わり
はきつく瞳を閉じた

薫だけの傍に居る
薫が不安になったり、孤独に思ったりしない場所で静かに暮らす
その方法が一つだけある

薫の体を放して、跪く
涙の滲んだ薫の瞳を見上げ、は微笑んだ

「なぁ、薫。――故郷に帰らないか?」

「故郷に?」

の提案に驚く薫の涙を拭ってやる

本当は、薫と千鶴と三人で。それがの願いだった
けれど、それは叶いそうもない
千鶴は自ら望む道を選び取った。もうの後を付いて歩く幼い子どもではない
だから、千鶴には自分が居なくても平気だと思う

「故郷で静かに暮らすんだ。私と薫、二人で」

優しい口調で薫に言い聞かせたの脳裏に土方の姿がよぎった
そして、一抹の寂しさも

けれど、今ならまだ間に合う
たとえ土方に対する感情がどんな名を持つものでも
今ならまだ、きっと間に合う。はそう信じた





next



ただの口喧嘩になってしまった風間VS土方。
そして、男達の姉様争奪戦は薫に軍配が上がるのでしょうか……