ノワール#15
月が静かに見守る空の下
は一人縁側に腰掛け、膝に置いた刀をじっと見つめていた
一体何を思って土方は刀を託したのか
千鶴の言う通り、魂だけでも傍にありたいという事なのだろうか
もしそうだとしたら……そんな勝手を許せるわけがなかった
勝手に魂など押し付けてきて
そして勝手に死のうというのか
は暗い夜空を仰いだ
たとえ二人の歩む道が二度と交わらなくても
この空が土方に繋がっているのなら
この空の下で土方が生きているのなら、それでいいと思っていた
なのに、死ぬ?
「今すぐ奴の元に駆けつけたい、といった顔だな」
夜の闇に溶ける声
空から正面に視線を下ろしたは、不愉快な客人を睨みつけた
一応、千鶴を無事に送り届けてくれた礼として
一晩だけの宿泊を許可した。決して好意から泊めた訳ではない
だから、大人しく部屋で寝ていれば良いのに
この不愉快極まりない客人――風間は、月の光を浴びながら
堂々との目の前に立っていた
目の前から消え失せて欲しいというの心中を察する事もなく
風間はゆったりと問いかけた
「奴に会いたいか?」
「……」
答えず、ただ睨みつける
口元に薄い笑みを浮かべる風間は
をあざ笑っているようにも、試しているようにも見えた
土方に会いたいか?自問する
答えは案外素直に出た……会いたい
「私は」
「姉様を惑わせるな!」
の声を遮る怒声
振り返れば、暗闇でも分かる程怒りを浮かべた薫が
大通連を手に立っていた
「一体どういうつもりだよ?風間」
「俺はに選択肢をくれてやっているのだ。貴様は黙っていろ」
「うるさい!選択肢なんて必要ない!姉様はどこにも行かないっ……そうでしょう?姉様」
縋るように叫ぶ薫に、即答出来なかった
「姉様、約束したよね?ずっと一緒に居てくれるって、もう二度と離れないって!」
約束した
そして自分自身に誓った。今度こそ薫を守ると
それを忘れたわけではない。けれど
「……すまない……薫」
ようやく口に出来たのは謝罪の言葉だった
立ち上がり、薫に向き合う
背後の風間はまだ笑っているのだろう
笑うだけ笑えばいい
今から自分が選ぼうとしているのは愚かな道だという自覚位はある
「……すまないって、何だよ?」
「薫、私は……土方の元へ行く」
「駄目だよ、姉様……そんな事、許さない!」
瞬間、白い刃が閃いた
手にしていた大通連を素早く鞘から引き抜いた薫が
めがけて刃を振り下ろす
刃を受け入れる覚悟でその場に留まったままのの前に
白い影が立ち塞がった
同時に響いた、刃のぶつかる硬い音
「フン。怒りで見境をなくしたか?」
を庇い、薫の刀を受け止めた風間が
侮蔑を込めて吐き捨てる
「部外者は……引っ込んでろよ!」
「黙れ。己が姉に牙を剥く愚か者め」
力任せに薫を押しやり、距離を作った風間が攻撃の構えを取る
「やめろ風間!刀をしまえっ」
鋭く叫んだが二人の間に割って入る
薫に向き合うと、決意を込めた瞳でまっすぐに見つめた
「お前の気が済むのなら、その刃を振り下ろせ。私は喜んでこの身に受けよう」
「違うっ本当は姉様を傷つけたくなんか……」
刀を抜いたのは、衝動的な行動だったのだろう
「姉様……本当に土方の所へ行くの?俺を置いて、人間なんかの所に行くの?」
縋る瞳に、はっきりと頷いてみせる
刀を握る手に、無意識に力が籠る
土方の刀。土方の魂
「ああ……愚かな姉を許してくれ」
「嫌だよ……許す訳ないだろ。だって、もし許したら姉様は俺の事なんて忘れちゃうから」
忘れる筈がない
決別しても、薫や千鶴かけがえのない存在である事に変わりはないのだから
「恨むよ、姉様を。憎むよ……姉様を」
呪詛の言葉をぶつけられたのに
は微笑んでしまった
きっとこれが最後だから、どんな言葉でも愛おしい
「ありがとう、薫。千鶴を、頼む」
返事は無い
抜き身の刀を持ったまま俯く薫にかける言葉も、もう無かった
部屋に戻り、簡単に旅支度を整える
土方の刀は紐を結わえつけ、背に負った
再び縁側へいくと、そこには薫の姿は既に無く
風間だけがぽつんと月を見上げていた
の気配に気付くと、ゆったりと振り返る
「なんだ、もう仕度が済んだのか。では行くぞ」
「待て」
当然のようにを促す風間を引き止める
何故か不審気な視線が返された
「何だ、忘れ物か?」
「違う。まさかお前、付いて来る気か?」
「無論だ。道案内が必要だろう?」
道案内?
それを聞いたは思い切り顔を顰めた
「必要ない。だいたいの方角なら分かっている」
風間は大げさに息をつき、呆れるようにを見た
これだから素人は困る。どんなまなざしだった
「馬鹿か貴様は、そう大雑把では間に合うものも間に合わん。今は一刻を争うのだぞ」
「……」
悔しいが、風間の言い分は尤もだ
確かに、急がなければ間に合わない可能性は充分ある
だが、風間は信用出来るのか?
疑わし気に見つめるに、風間は余裕の笑みを返す
「少しは俺を信用しろ。ここで貴様を騙したとて何の得もない」
「……分かった、今だけお前を信用する」
子どもっぽい仕草だとは承知しながらも、はそっぽを向きながら
渋々呟いた
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千鶴を出せなかった……
あと、ちー様は姉様に尽くしたいのか、ただまぜっかえしたいのか
何がしたいのか分からなくなってきました。