ノワール#17
千鶴は無事の元へ辿り着けたのだろうか
土方はもう何度も繰り返した問いを、誰にでもなく問いかける
他に考えるべき事は山のようにあって
正直、確かめようのない問いばかりを繰り返す暇はない
それに、千鶴の安否を思うと決まって余計な人物まで思い出してしまい
胸の奥がたまらなく熱くなる
嫉妬か。それとも羨ましいのだろうか
その男は、土方が選びきれずに切り捨てたもう一つの道を歩いてみせたのだから
男、風間千景の勝ち誇った笑みが瞳に焼き付いている
いや、あの笑みは愚かだと嘲っていたのかもしれなかった
あの日、千鶴にの元へ行くよう命じた時
見計らったかのように現れた風間が、千鶴をの元へ送り届ける事を申し出た
敵である風間を信用する事は天地がひっくり返ってもありえないが
最終的に千鶴が風間の申し出を承諾した
風間を信用したわけではなく、これ以上自分と風間がこの場に留まり
土方らに迷惑をかけないようにと気を遣ったのは明らかで
最後まで苦労をかけた千鶴に思わず謝罪の言葉が漏れた
すまねえ。そう呟いた土方に、千鶴は泣きそうな顔で笑った
安心して下さい、土方さんの想いは必ず姉様に届けます。
土方から預かった刀を大切そうに抱いて、風間の後に付いて行く千鶴を
無言で見送った
風間の場所に、自分が居られたら。そうふと思った
他の全てを捨て、千鶴と共にを目指す
それは幸せだろう
けれど、志や決意や夢を捨てる事は出来ない
が家族を選んだように、土方にも譲れないものがある
けれど、せめてこの身が散った時
想いだけでも寄り添っていられるように、へ愛刀を贈った
未練がましいが、唯一土方に出来る想いの伝え方だった
は、ちゃんと受け取ってくれただろうか
最後に会った日は、口付けを受けてくれた
あの時のように、刀を……土方の想いを受け取って欲しかった
受け取ったとしたら、どんな顔をしたのだろうか
真っ先に浮かんだ顔は、不満気な表情をしていた
仕方がない、思い出の中のはそんな顔ばかりなのだから
土方はくすりと笑みを漏らし、それ以上の事を考えるのは止めた
「やあ、こんな所にいたのかい、土方君」
快活な声に振り返る
いつも通り爽やかな笑みを見せる大鳥に、土方は首を傾げる
「……もしかして、探してたのか?」
「うん、一応ね。君にお客さんだよ」
「客?」
客、とは奇妙な響きだった
今の時期、こんな場所に訪ねてくる者など居るのだろうか
「君の執務室で待っててもらってるから」
じゃあと言って引き返す大鳥は、訪ね人の名まで土方に伝えるつもりはないらしい
ただ、一度立ち止まると振り返って爽やかに笑った
「土方君。君も中々隅に置けないね」
一体誰が訪ねて来たというのだ
疑問を抱えながら執務室へ向かう
扉を開け、執務机の前に立つ人物をみとめた土方は
思わず両目を見開いた
夢、ではない
雪村がそこには立っていた
ごつり、と鈍い手応えがの拳に伝わる
そういえば、誰かを殴ったのは久しぶりだったと
目の前で無様に倒れる土方を見下ろしながらは思う
の名を紡ぐより早く、に殴り倒されていた土方は
半身を起こし上目遣いにを睨んだ
「ってえ!何しやがんだ!」
「お前が私にしてくれた事への礼だ」
「んだと?俺がてめえに何したってんだ」
「何をしたか、だと?」
は背に負っていた刀を取り、土方へ投げて寄越した
刀を見て、土方は目を見張る
「これ、は……」
「そんな物を私に押し付けてどうするつもりだ」
「どうするって……」
「その刀を傍に置き、一生お前を想って泣けというのか」
「んなつもりじゃねえ。俺はただ……」
ただ。ともう一度繰り返し、言葉に詰まって
土方はやがて頭を乱雑に掻いた
「……ついガラにもねえ事しちまったんだよ。悪かったな」
「私は、お前の魂など欲しくない」
ぽつりと、が呟く
魂など押し付けられても困る
土方を想って一生泣いて生きるなんてまっぴらだった
だからこそ
「だから、会いに来た」
の言葉が理解出来ないのか、土方がぽかんと
間の抜けた顔になる
その顔に冷ややかな視線を寄越しているは、内心自分自身に安堵していた
土方の顔を見た途端、感情を制御出来ず縋り付いてしまったらどうしよう
などと懸念していたのだが
今の所は“普通”の態度をとっている
「って、お前、家族はどうしたんだよ」
「勘当された様なものだ。まぁ、当然だがな」
「勘当って……いいのかよ、それで」
「良いわけないだろ。薫には相当恨まれてしまった」
夢にまで見た家族三人での生活が現実になる寸前だった
けれど、はその夢を捨てた
大切な弟に憎まれても、は一度捨てたもう一つの道を歩もうとしている
「……俺に会う為に、全部捨てて来たのか?」
「黙れ」
一喝したのは、照れが半分怒りが半分
それに、土方の声にはほんの少し、嬉しそうな色が混じっていたから
沈黙が訪れる
土方は次の言葉が見つからないようで
もまた、続ける言葉が無く沈黙している
「……」
「……」
気まずい沈黙は、もうしばらく続きそうだった
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土方さんが未練たらしくなってなっててすみません
離れてもずっと想いつづけてたんだよって事を書きたかっただけなんです……