ノワール#19
孤独だった。
土方が語る大切な過去と夢、一人の男の物語を聞き終えたは
掠れた声でそう言った
泣き笑いのような曖昧な笑顔は、きっと照れ隠しだったのだろう
は、辛い過去を話すにはあまりにも淡々とした口調で言葉を紡ぎ始めた
だからこその深い悲しみが伝わって来るようだった
悲しい記憶は赤い色から始まる
炎の赤。
流れる血の赤。
横たわる両親の死を悲しむ暇は無かった
姉として、妹と弟だけでも守ろうとした
けれど、幼いにその力は無かった
千鶴は綱道と共に逃げ落ち
は薫と共に逃げようとしたが、混乱の中ではぐれてしまった
たった一人で村を逃げ出したは、頼った西の鬼にも失望したという
全てを奪った人間も、誇りを笑った鬼も憎い
家も家族も失ったは
止めどない憎しみだけを糧に、生きた
の強さは、その時に培われたのだろう
彼女の強さは、孤独の深さだと言っていた近藤の言葉を思い出す
報復の為に強さを手に入れ、村を襲った人間と両親を笑った西の鬼へ
それぞれに報復を果たしたは……生きる目的を失った
綱道と共に逃げた千鶴がどこかで生きている事は分かっていたが
薫を救えなかった罪悪感から、合わせる顔がないと探し出す事を諦めていた
空っぽの心を抱えながら、ただ惰性で生きるだけのにある日希望が舞い降りた
それは、死んだと思っていた薫が南雲家に引き取られていたと事実を知った時
「薫が生きていると分かった時は、本当に嬉しかった」
それまで感情を押し隠して話していたの顔が初めて綻んだ
薫と再会し、そして二人で千鶴の元を訪ねよう
昔のように、家族で暮らす事がの夢になった
「……その夢を、俺がぶち壊しちまった訳だな」
「そういう言い方は止めろ」
不愉快そうに眉を寄せたが、緩く絡めていた手に力を入れる
「痛えよ」
土方は苦笑し、逃げるようにの手から自分の手を引き抜いた
解放された後も、手にはの温もりが宿っている
「後悔……してねえのか?」
「後悔か」
愚問だと思うが、問わずにはいられなかった
顔の険しさを解き、はどこか遠い目で中空を見つめていた
「薫や千鶴を恋しく想わない日はない。元気でやっているか、悲しい思いをしてはないか……悲しい思いをさせた張本人の私が案じるのも可笑しな話だがな」
自嘲気味に笑ったを黙って見つめる
が千鶴と薫の名を愛おしそうに口にする度
土方など比べ物にならない位、二人はにとってかけがえのない存在なのだと
何度でも思い知らされる
だが、は土方を選んだ
「……けれど、それは後悔とは少し違う」
「……」
「お前が死ぬつもりかもしれないと千鶴から聞いた時、嫌だと思った。お前の傍に居たいと、心から願った」
すっと視線を土方へ転じたの瞳は力強い
「その気持ちに従った事は後悔していない」
後悔していない。そう言い切ったを本当に強いと思った
何もかも奪われ、孤独で、憎しみだけが生きる糧だった
それなのに、はまっすぐだ
過去に捕われながらも、懸命に前を向いて進もうとする姿を愛おしいと思った
髪に指を滑らせてみる、硬く目を閉じたが起きる気配はない
もう日は昇っていたが、一晩中話し続けたせいか
はソファに座ったまま、土方の肩に頭を預け眠っていた
寝顔は、案外あどけない
正直、死ぬつもりかもしれないと千鶴が言っていた事に
土方はぎくりとしていた
千鶴は冷静に的確に土方を見ていたらしい
捨てきれなかった夢と共に散る覚悟はあった
だからこそ、に刀を贈った
結局、それはの手によって突き返されてしまったが
もしかするとそれは、生きろという無言の訴えかもしれなかった
生きていて、いいのだろうか
土方は頭を振って、思考を散らした
気分転換に外の空気でも吸って来ようとを起こさぬように気遣いながら
そっと立上がる
静かに寝息を立てるに、笑みが零れた
部屋を出ると、そこには慌ただしい空気が流れていた
丁度、土方へ報告に来た者と扉を出た所で出会い
慌ただしさの理由を知った
新選組の隊士らが守備していた弁天台場が新政府軍に包囲され、孤立しているという
土方に迷いは無かった
すぐに馬を用意するよう命じると、すぐに執務室へ引き返し刀を腰に差す
ソファで眠るを起こすべきか一瞬迷ったが
結局、土方はを一瞥しただけですぐに部屋を出た
起こせば、は付いて来ると言うだろう
が居れば、戦力的にも心強い
けれど戦場に連れ出せば、嫌でも利害や私怨に塗れた惨状を目にするだろう
闇を見続けて来たには、これ以上闇を見せたく無い
少し、過保護かもしれない。きっとは守られる事など望んでいない
「……帰って来たら、真っ先に怒鳴られるんだろうな」
もしかすると殴られるかもしれない
の不機嫌な顔が易々と想像できた土方は、ふっと笑いを漏らした
これから戦場に向かうとは思えない、穏やかな笑みで
next
土方さんにフラグが立ちました……
ゲーム本編の方では、土方さんと千鶴ちゃんは一緒に弁天台場へと向かっていますが
この話では、姉様は置いて行かれます
それと、今更ですが姉様の過去がだいたい明らかになりました
本当に今更……
あと、どうでも良い事ですが、土方さんの執務室にはそソファがあると信じているのですがどうでしょう?
そもそもあそこは執務室なのでしょうか……?
ノワールもいよいよ次回最終回(予定)です!
もともと長編ってあんまり書いた事がなく、かつ途中でいつも挫折していたので
ここまで書けたのも、応援してくれた皆様のおかげです
ありがとうございます!!