ノワール#5




「それで……?千鶴はなんて言ってたの?」

振り返ろうとした薫の顔を押さえて、再び前を向かせる
素直に従いつつも、目だけは必死にを捉えようとする
短刀で髪を切り揃えてやりながら、は薫の質問に答えた

「このまま新選組の元に居たいそうだ。綱道の事もあるから、と」

それが、千鶴の答えだった
を姉と認め、その上で出した答え
落胆したのは薫も同じだったのだろうが、声には僅かな怒りも込められていた

「……やっぱり、千鶴はまだ何も分かってないんだ」

「分かっているさ」

「分かってないよ!」

荒げられた声に、は手を止めた
肩にかかるか掛からない程に短くなった髪を震わせる薫を
静かに見つめる

「何も分かってないから今まで通り人間の傍に居たいなんて言えるんだ。ずるいよ……千鶴だけ何も知らないなんて」

「……薫」

「ずるいよ……あいつだけ、憎しみも何も知らずに幸せな思いをしているなんて」

「確かに、千鶴は全てを知らない」

言って、薫を背後から優しく抱きしめる
驚きながも大人しくの腕の中に収まる体は暖かい

「だが、千鶴だけでも憎しみを知らない事が私は少し嬉しい」

「……そんなの、俺は嫌だ」

拗ねた薫の声に、は微笑む
薫が本当に嫌なのは、千鶴が何も知らない事ではない
二人に決定的な違いが出来てしまった事だ
薫と千鶴はいつも同じだったから
今の二人の差は、薫にとって耐えられないのかもしれない
そう感じたは、少しだけ抱きしめる腕に力を加えた

「薫。お前は知り過ぎた……出来ればお前にも、知って欲しくなかった」

千鶴は何も知らなかった
だから、せめて雪村家の最期だけでも知って欲しかった
だが、薫はそれ以上の事まで知ってしまった
絶望と憎しみを、身の内で育んでしまっていた

「憎しみも、復讐も……引き受けるのは私一人で良かったんだ」

「……姉様」

肩口に額を押し付けると、薫の手がの腕に宛てがわれた
その手が、誰かの血に染まった事をは知っていた

けれど、薫が手を汚してしまったのは自分のせいでもあるとは思う
が薫の生存をもっと早く知っていれば
もっと早く南雲家を訪ねていれば、薫の代わりに南雲の一族を斬ってやれたのに

「なぁ、薫。あまり千鶴を恨んでやるな」

「……」

「私は仲の良いお前達が好きだ。な?駄目か?」

「……姉様が、ずっと傍に居てくれるなら」

顔を上げたの腕から抜け出し、薫が振り返る
見上げてくる瞳に、呆れた視線を返した

「そんなもの、条件にならんだろ?私がお前の傍を離れる事はもうないのだから」

「それでも、約束してよ。そうしたら、もう千鶴を恨んだりしない」

「分かった分かった、約束しよう。可愛い弟を一人にはしないよ」

さばさばと言い放った言葉でも安心できたのか
薫は安堵したように微笑んだ
だがすぐに笑みを消すと、再び真剣な表情でを見つめる

「けど、姉様……新選組は本当に信用できるの?」

は僅かに考えるそぶりを見せてから、口を開く

「さぁな。私としては奴らを信用しているわけではないが……」

「千鶴の判断を信用するって事?」

「そういう事だな」

だが、と一方では思う
人間は決して信用出来ないが、土方はどうだろうかと
さんざんを疑った土方ならば、かえって安心できる気もした

千鶴がを姉様と呼んだ今でも尚、土方は疑っているのだろうか
考えたはひそりと笑みを漏らした





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ようやく土方さんに興味を持った……?