ノワール#8





襖が開く音と、驚く気配に振り返る事なく
は不機嫌そうな声を発した

「何を驚いている」

「あんたがそこに居るからだ」

それも尤もだと、思う
だからといってすぐにこの場を立ち去るのという選択肢はに無く
背後の気配には構わず、ぼんやりと目の前の庭を見つめ続けた

「こんなトコで何してやがる」

背後の気配――土方もに負けず劣らず不機嫌そうな声だった
どうやらここは土方の部屋の前だったらしい。それもにはどうでも良い事だったが

「妹に会いに来たんじゃねぇのか?」

「そうだ」

「だったらさっさと会ってこい。そしてさっさと帰りやがれ」

冷たいものいいに、は意地の悪い笑みを漏らした
振り返ってその顔を見せつける
土方は眉間に皺を寄せ、声同様不機嫌にを見下ろしていた

「冷たいな。この間みたいに優しくしてくれないのか?」

「優しく?」

問い返して来た土方は、すぐにの言う”この間”の出来事を思い出したらしく
眉間の皺を深めた

「あれは、ただ手当をしようとしただけだろ。……つか、それもあんたには必要なかったしな」

「だが、そこそこ嬉しかった。私を気遣う者などずっと居なかったからな」

「……」

少し、同情を引き過ぎる言葉だっただろうか
表情を緩めた土方を見て思う
少し後悔したは、わざと冷たく吐き捨てた

「冗談だ」

嬉しかったなんて真っ赤な嘘
けれど、村を滅ぼされてから今までを気遣う者など居なかったのは事実だった
だからこそ、傷を気にした土方に驚いた
嬉しいと思うより、不思議に思う心の方が勝った

「……んだよ。本当に可愛くねぇ女だな」

「最高の褒め言葉だな」

ふん。と鼻で笑ってみる
再び表情を険しくした土方に顔を背け、無言で会話の終了を告げる
だが、土方が動く気配は無かった。の背後に立ったままだ
無視してもう一度思考に耽りたかったが、気になる
この場から追い出す言葉ならいくつもあるが
が発したのは、そのどれでもなかった

「……考え事をしていた」

自身、少し意外だった
土方も同様だったらしく、驚きで身じろぐ気配がする

考え事をしていたのは、事実だ
だがそれを土方に話してどうするというのだろう
それは自身の問題であって、土方は、人間は関係ない筈なのに

「なんだ?どうやったら妹をこの凶悪な集団から取り戻せるか考えてたのか?」

「違う」

即答で否定した
そんな事は考えていないし、そもそも千鶴の問題はの中では解決済みなのだ

「じゃあ、ヒトの屯所で何考えてんだ?」

言葉がやけに近くで響いた
それまで背後にいた気配がの隣に腰掛けた
話を、聞こうというのだろうか
この間の手当の事といい、案外おせっかいな男だと心の中で笑ってみたが
の口は、やはり気持ちとはうらはらに素直な言葉を紡いだ

「――最近、色々な者がごちゃごちゃと言ってくる。どれも今更な事ばかりで正直うっとうしい」

例えば京の姫君
例えば西の鬼の長

どれも今のには必要の無い言葉
けれど

「だが、今更でも嬉しいと。私はその言葉が欲しかったのだと……そうも思う」

土方は黙って、の話に耳を傾けているようだった
こうなれば、最後まで話すだけだ。は言葉を続ける

「私はそんな安っぽい言葉に揺さぶられる程弱くはない。ずっとそう信じていたのに……今は分からない」

雪村は強い。
鬼でも人でも立ちはだかるものは全て斬ってきた
そうしてたったひとりで生き抜いた
だから、強い、筈だ。
はずっとそう信じてきたし、その思いに縋ってきた
なのに、今のは憎い同朋の鬼の言葉に揺さぶられている

弟や妹と再会し、目的をひとつ達成した気の緩みで弱くなったのか
それとも、始めから強くなどなかったのか……
考えれば考える程答えは出ない

ふ。とさり気なく隣に目をやる
土方が一体どのようにの話を受け止めているか知る為に
土方の浮かべている表情を見た途端、は不機嫌そうに眉を寄せた

「何がおかしい」

睨みつけると、微笑んでいた土方は微笑んだまま謝罪を口にした

「いや、悪い。ちょっと安心しちまってな」

「なんだと?」

一体何処をどう聞いて安心したのか
理解出来ないは土方を睨みつける

「んな怖い目すんなって、怒らせるような事は言ってねぇだろ」

「言った。私は真剣に悩んでいるのに、お前は安心したと言って笑っている。不愉快だ」

「そう、それだよ。悩んだり揺れたり……あんたも俺達と同じなんだな」

「……当たり前だ。私だって、時には悩む」

だからこそ、強くあろうとした
もう傷つかないように、もう悲しまないように

「そりゃそうだな。つか、別にいいんじゃねぇか?今更でも」

空の一点を見つめながら、土方が言う

「何言われたか知らねぇが、嬉しかったんだろ?なら素直に喜んどけ」

「……」

喜んで、いいのだろうか?
それは弱さではないのか?
それでも良いと言われても、すぐに納得は出来そうにない

「素直な方がガキらしいし、可愛気もあるってもんだ」

「……ガキ扱いするな」

なんとか絞り出した言葉も、土方は軽く笑って流した

「俺から見れば、あんただってガキだ」

「ガキじゃない。私は今までひとりで生きてきたんだぞ」

「そうムキになる所がガキだって言ってんだよ」

楽しそうに笑う土方の手が自然に頭上へ伸ばされたので
すぐさまは叩き払った

「痛って!んな目一杯叩かなくてもいいだろ」

「お前が無遠慮に触れようとするからだ」

非難のまなざしへ、は憤然とした態度で鼻をならす
子ども扱いなど、全くもって不本意で
腹が立って仕方が無い

けれど、土方に打ち明け話をした事を、全く後悔していない自分に
はふと気がついた





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頭よしよしは全力で拒否したヒロイン