緋牡丹想々 番外編1





宝物でも扱うように優しく包み込み
瞳を輝かせて手の中の物体を見つめる千鶴の姿を充分観察してから
ようやく沖田は声を掛けた

「何見てるの?」

「きゃっ」

彼女にとっては実に唐突だったのだろう
驚きで体を揺らした拍子に、手の中の物体と取り落としそうになり
あたふたと慌てていた

余程大切なものだのだろうか
しっかりと持ち直し、安堵の様子で息をついた彼女の隣に腰を下ろし
手の中を覗き込む

「千鶴ちゃん、何持ってるのかな?」

「あ……えっと」

驚きが治まらないのか、動揺を見せながらも
千鶴は手の中がよく見えるように、沖田の方へ手を差し出した

さんから頂いたんです」

嬉しそうに告げる千鶴に、あぁ。と合点がいった返事を返した
小さな手の平には、千代紙で丁寧に折られた箱
そして箱の中には季節の花をかたどった干菓子が納められていた

「左之さんがちゃんから預かってきた物だね」

屯所で不自由な生活を強いられているであろう千鶴を気遣って
が原田にささやかな贈り物を託していた事は沖田も知っていた
けれど、あれはずいぶん前の出来事だ
確かに千鶴はその贈り物をとても喜んでいたが、今まで大切に保管していた事実に沖田は軽く驚愕した

「……まだ食べて無かったの?」

「なんだか勿体なくて……」

食べなければ腐ってしまう。そうなれば余計に勿体無い
それは千鶴も充分承知しているらしく、すこし申し訳なさそうな声だった

「まぁ、君が貰ったものだし、君の好きにすればいいよ」

言って、沖田はもう一度小さな贈り物を見つめ
思わず笑ってしまった
変わっていない。そう思ったのだ

「どうしたんですか?」

「いや、変わってないなって思ってね」

千鶴が首を傾げる

「これ、ちゃんの宝物なんだよ」

「え?……このお菓子がですか?」

「違う違う、こっち」

千代紙の箱を指差し、沖田はまた笑う
おずおずと千代紙を差し出すの赤い顔を思い出したからだ
沖田の様子をしばらく見守っていた千鶴が「あの」と小さな声を出した

「皆さんとさんって……その……」

「ん?」

「ずいぶん親しそうなのですが……その……」

やけに言いにくそうで歯切れも悪いが、要は沖田達との関係や出会いを知りたいのだろう
そう察した沖田は、ゆったりと微笑んだ

「教えてあげてもいいよ。僕達とちゃんの事」

「え……?」

予想外の言葉だったのか、千鶴が驚いた声をあげる
心外だ。沖田は目を細め、好戦的な視線で千鶴を射た

「何?その顔。やっぱり、教えるのは止めようかな」

「す、すみません!」

慌てて謝る千鶴に、思わずため息が漏れる
そこまで怯えなくてもいいのだが、そうなるよう仕向けたのは自分だという自覚はある
そもそも、との過去を焦らす必要はない
秘匿するような秘密もなければ、口外出来ないような出会いでもない
ただ、他より少しだけ大切な思い出。それだけだ

好奇心と遠慮の混じった神妙な顔の千鶴を一瞥してから
沖田は心の奥にそっと仕舞っていた記憶を紐解いた

目を閉じる。一番始めに浮かんだの顔は涙で汚れていて
沖田は無意識に柔らかい笑みを浮かべていた
目を開け、僅かに視線を落とす

ちゃんと出会ったのは、僕達がまだ“新選組”と名乗る前だった」





――京の生活にも少しずつ慣れてきたある日
その日は天気が良く、屯所に引きこもっているのも勿体無いと
土方に頼まれていた雑用はひとまず後回しにして町を散策する事にした
巡察で見慣れてきた町も、ひとりでのんびりと歩くと雰囲気が違って見える
途中、ばったり斎藤と出会った
どうやら、沖田同様斎藤も非番だったらしい

『斎藤君も散歩?』

『そんな所だ。京の地理をまだ把握していないのでな、時間がある時にこうして歩いている』

『ふうん。熱心だね』

『それより総司。確か、土方さんから何か用を頼まれていたのではないのか?』

『あぁ、うん。帰ったらするよ』

へらりと笑う沖田へ、斎藤は呆れたような息を吐いた
その視線が明らかに沖田を咎めている

『総司、用事は先に済ませるものだ。土方さんの頼みならば尚更だろう』

はいはい。と適当にあしらって、沖田は歩き出す
当然のように付いて来た斎藤は、まだ言い足りないらしい

『待て総司、もう少し協力的でもバチは当たらないだろう』

『僕は“しない”なんて言ってないよ。急ぎの用事じゃないから後に回しただけだよ』

『しかしだな……』

尚も食い下がって来る斎藤を手で制す
斎藤の小言が煩わしくなったからではない。感じたのだ、不穏な空気を
不満気に睨み上げる斎藤を無視し、細い路地を見つめる
不穏な空気は路地の奥から漂って来ているようだった

『斎藤君』

『何だ』

『感じない?なんかあそこ、匂うんだけど』

『匂う?』

沖田の視線を辿って、斎藤も路地の奥を見つめ目を細めた
斎藤も何かを感じ取ったのだろう
静かに路地へと歩みを進める斎藤に沖田も続く

路地を進む内に、奥の角を曲がった辺りから途切れ途切れの声が届いた
荒っぽい男の声。その声に混じって、か細い少女の声も届いた
沖田と斎藤は一度目を合わせ、頷く。どうやら、嫌な予感は的中したようだった

『……して!……返して!』

『うるせぇ!放せ!』

路地の奥の奥、二人の浪士と一人の少女
何かを奪われたらしい少女が、懸命に浪士の一人へ縋りついている

『放せって言ってんだろ!?ガキがっ』

『きゃ!』

突き飛ばされた少女が地面に尻餅を付く

『しつけぇガキだな、斬っちまうか』

少女を突き飛ばした浪士の隣でせせら笑っていた浪士が
鞘から刀を抜き、光る切っ先を少女につきつけた

『か……えして……ねぇさんの文……』

瞳から大粒の涙を零しながら、尚も訴え続ける少女は
振り上げられた刀を見上げ、きつく目を閉じた

『その辺にしておきなよ』

刀を振り上げる腕を掴み、沖田が静かに告げる
沖田の気配に全く気付けなかったらしい浪士が驚きの声をあげた
異変に気付いた少女も目を開け、驚いたように沖田を見つめていた

『男二人で小さい子いじめ?……悪趣味だね』

『な……なんだテメェ』

少女を突き飛ばした浪士が沖田に向き合い、腰の刀に手を伸ばしたが

『動くな』

音も無く浪士と沖田の間に立ちはだかった斎藤が低く告げた
手は腰の刀に。動けば容赦なく斬る、そう無言で言っていた

『……くそっ』

分が悪いと察したのだろう
斎藤と対峙した浪士は悔しそうに睨みつけ、くるりと踵を返し走り去った
沖田に手を封じられていた浪士も
沖田の手を振りほどくと、罵りの言葉を残し走り去った

『あっ!あかん!』

悲鳴のように叫び、慌てて少女が立上がる
だが、ふらついた足下はもつれ、倒れそうになった体を素早く沖田が支えた
お陰で転倒はまぬがれたが、少女はそれを気にする事もなく
焦った様子で、沖田の腕の中から抜け出そうともがく

『放して!ねぇさんの文が!文が!』

『……せっかく助けてあげたのに、その態度、何?』

浪士の刃から救い、転倒まで防いでやったのに
少女は感謝すらせず浪士を追おうとしている
苛立った沖田の低い声に、少女がびくりと震えて固まった
見上げた顔には涙と怯えが張り付いている

『ありがとう。とかさ、そういう言葉があってもいいんじゃないかな?』

『あ……』

『総司、脅してどうする。余程大切な文なのだろう……早く返してやれ』

呆れた斎藤の声
どうやらバレていたらしい。沖田は誤摩化すような笑みを斎藤に向け
懐に押し込んでいた文を取り出し、少女を解放してから差し出した

『はい。君の大切な文はここにあるから、あの浪士を追いかける必要はないよ』

案の定少女は丸くした目で文と沖田を交互に見ている
先程、浪士の腕を掴み上げた時ついでに文も奪っておいたのだ
盗られた浪士本人ですら気付いていなかったが、流石に斎藤には気付かれていた

泥で汚れた少女の手が恐る恐る伸び、沖田から文を受け取る
しばらく文を見つめていた少女が再び沖田を見上げたが
結局、すぐに俯いてしまった

『ぉ……おぉきに……』

消え入りそうな、小さな声

『はい、よく言えました』

機嫌を直した沖田が、少女の頭を撫でようと手を伸ばす
途端、きゃっと悲鳴をあげて少女が一歩退いた
その目には怯えが宿っていて、警戒されているのは明らかだった

『……そんなに怯えなくてもいいじゃない』

瞳に涙を溜めた少女の態度に内心傷つく
追い打ちを掛けるように、斎藤が容赦ない一言を浴びせた

『自業自得だ』


――それが、との初めての出会い
どの記憶よりも、少しだけ大切な思い出





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突然ですが、過去編突入です。
過去のエピソードは、番外編として時々書いていきたいと思います。

出会いエピソードは、もう一話続きます。