緋牡丹想々#1





短刀を持つ手がじんと痺れる
だがそんな事今はどうでもいい
そう、そんな事よりも…は驚きに見開いた目に、いじわるそうな笑みを映した

「君は手を出しちゃ、駄目」

が振り下ろした刃を刀で受け止めながら、幼い子を注意するような口調で目の前の男は言う

「お…きた、さ――」

きれぎれに名前を紡ぐと、男は――沖田は笑みを深めた
その背後で、幽鬼のような”新撰組”隊士が斬り伏せられてゆく

彼らを一瞬で葬った男――斎藤はちらりとを見遣ったがすぐに視線を逸らした
何故、この二人がこの場にいるのか
答えは明白だった。やはりアレは……あの幽鬼のような男達はが得ていた情報通りの”新撰組”だったのだ
本当なら情報の正確さに喜びたい所だったが、の胸に広がったのは失望だった
信じていたものに裏切られた。そう思うのはの一方的な被害者意識なのだろうか

「あーあ、君の相手をしてたら僕の仕事が無くなっちゃったよ。というか斎藤君も仕事速いんじゃない?ちゃんの前だからかな」

「俺は任務を全うしただけだ。誰の前だろうと関係ない」

からかう口調の沖田に、斎藤が冷静に言葉を返す

「そもそも彼女を止める役を買って出たのはあんただろう」

「あれ、そうだったっけ?」

だが、いま最も気にしなければいけないのはこの状況かもしれなかった
なんとか穏便にこの場を切り抜けなければならない
そう思うのに、懸命に回転する頭は中々言葉を見つけてくれない
全てを見透かしてくるような沖田の視線をまっすぐに受け止めるに 何故か沖田は呆れたようなため息をついた

「あのさ、ちゃん。そろそろ刃を退いてくれないかな?そうじゃないと僕も刀を下ろせないんだけど」

「……あ」

刀を交えていた事をようやく思い出す

「ああ、堪忍堪忍」

謝りながら短刀を退く
沖田はの刃を止めただけなのに、紗夜の手は未だにぴりぴりと痺れていた
それを隠しつつ、懐へ短刀を納めようとしたの動きを沖田が止めた

「駄目だよちゃん。それ、こっちに頂戴?」

さりげなさを装おうとしたの思惑は見抜かれていたらしく
渋々短刀を手渡した

「これ、君の?」

「護身用や」

「ふーん」

しばらく検分していた沖田が、短い刃を鞘に戻し
再び探るような視線でを見下ろす
来た。とは僅かに身構えた

「で、こんな所で君は何してたのかなぁ?」

最も返答に窮する質問
じわりと手の平に汗が滲む。嘘を付くのにこんなに緊張したのは久しぶりだった

「散歩や」

「へー、こんな刻限にただの散歩を許可してくれる程、島原って優しい所なんだ」

「しま、ばら……」

たどたどしい呟きが背後から聞こえ、と沖田は揃って声の主へ顔を向けた
に投げられ、尻餅を付いたままの声の主もぼんやりとを見上げている
が島原の女だと分かって驚いているのか

もっと他に驚くことや気にすることはある筈だろう、とも思うが
一度に様々な体験をして、頭が混乱しているのだろうとはあまり深く考えないようにした

「あ、もしかして、その子と駆け落ちでもするつもりだった?」

呑気な沖田の声に呆れた視線を寄越す
さりげなくその後ろに居る斎藤も見やったが、特に何の反応も示して居なかった
内心の落胆を誤魔化す為にもわざと怒った声を出す

「笑われへん冗談やわ、沖田さん」

「どうして?…あ、そうか。ちゃんには心に決めてる人がいたんだっけ」

「違うっ…あ、違わへんねんけど、そうやなくて。この子は――」

沖田と斎藤は気づいていないのだろうか
が庇おうとした人物が少年ではなく、少女だという事に
だがその事実を口にする前に、背後に感じた新しい気配に素早く反応したの体はくるりと反転した

そして、月明かりを煌めく刃を少女へ向けている男を確認し
穏便にこの場を切り抜けることがほぼ不可能だとういう事を悟った

少女へ何事か忠告していた険しい顔が、の視線に気付く
虚勢にも似た笑顔を張りつけ、口を開く

「嫌やわ、土方さん。女こどもをイジメる趣味は変わってへんねんなぁ」

途端、男――土方が忌々しそうに眉を寄せた

「ったく、減らず口ばっかり上手くなりやがって」

「おおきに」

「褒めてねぇよ」

不機嫌そうな表情のまま、刀をしまった土方へ
沖田が問いかける

「で、どうします土方さん。この子達」

「どーするもこーするも――」

「殺すしかない、ですか?」

「んな事言ってねぇだろ」

二人のやりとりを、ぼんやりと見守る
自分達の命が彼らに握られている実感はあまり湧かなかった

永遠に続きそうだった沖田と土方のやりとりは
この場に長居する事へ危機感を覚えた斎藤の一言で治まったらしい
その流れで、と少女の処遇も一時保留となり
屯所へ連れ帰られる事になった

緊張と不安が混ざり合って、顔を強張らせている少女へ向かって
手を差し伸べながら、は笑いかけた

「しっかりしぃや。これから、ちょっと大変かもしれへんねんから」

恐らく、屯所でじっくりと詮議されるのだろう
とこの少女を生かすべきか、殺すべきか
彼らが殺すと判断したのなら、たとえ馴染みのあったでも殺すのだろう
そう、心の奥底にある冷えきった思考が告げる

の手に捕まり助け起こされながら、少女は不安そうにを見つめる
安心させるように、はわざと軽い口調を使った

「まぁ安心し。あんたはウチが守ってあげるさかい」

「どうして…」

「ん?」

「私達は出会ったばかりなのに、どうして」

どうして、守ろうとするのか。
正直、自身にもよく分からなかった
少女の言う通り、二人は出会ったばかりだしお互いの名前も知らない

強いて理由を付けるなら
少女は本当の意味で無関係だから。だろうか
斎藤が斬り捨てた”新撰組”隊士が、彼ら新選組にとっての最上の機密だと知っているとは違う

「なんとなく、や」

ただは笑って、曖昧な答えを紡いだ
沖田と斎藤の探るような冷たい視線を感じながら




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斎藤さんんがしゃべってくれません