緋牡丹想々#2





年の割に色香を帯びた横顔。けれどまばたきをした一瞬で、その横顔は出会ったばかりの頃の純真さを宿していて
当の本人はずっと中空を見つめたままぼんやりしているだけなのに、一瞬一瞬で印象が変わるのは何故だろうかと
飽きもせず、沖田はその横顔を見つめ続けた

「…沖田さん」

結ばれていた唇が動く。同時に、やけに艶っぽい瞳が沖田を映した

「ウチの顔に何かついてるん?」

「別に?おかしなものは何もついてないよ」

「せやったら、なんでそんなにウチの事見るん?」

「僕は君の監視を仰せつかっているからね」

もっともらしい言葉でかわせば、は呆れた息を吐き出した
見られているのが、落ちつかないのだろう

「そないにじっと見んでも、ウチは逃げへんよ」

「それは分かってるよ」

逃げる理由がにはない
形式的に沖田が傍にいるだけで、本来厳重な監視は必要なかった

「もう。沖田さんは全然変われへんね」

仕方のない人だ。と言いたげに、は困ったように笑う
こんな笑い方、少し前のならしなかった

「君は変わったね」

正直な感想を告げる。途端にの顔が曇る

「せやな……ウチは変わった」

しまったと、少し後悔する
変わったという言葉は、沖田が思うよりもの心を深く悲しませるものらしい
も、変わらざるを得なかったのだ
望んでなったわけではない

きちんと理解しているつもりなのに
沖田の知らない所でどんどんが変わっていくのは嫌だった
とはいえ、を傷つけるのも本意ではない

「……ごめん」

「え?」

「ちょっと言い過ぎた、かな」

素直に謝ると、も素直に驚きを現した

「……明日は大雨やったりして」

失礼な発言。今度は沖田が呆れた息をつく番だった


「君は本当に減らず口ばっかり上達したね」


◆◆◆



「残念だったね。ちゃんならもう寝ちゃったよ」

振り返りもせず沖田が告げると、音もなく障子を開いた斎藤は訝しげな声を出した

「眠った……?」

「うん、さっきから船を漕いでたんだけどとうとう我慢出来なかったみたい」

「……この状況でよく眠れたな」

「だよね。ちゃんって変な所で図太いよね」

「……それは、否定できん」

本人が眠っていることをいいことに、二人の男は遠慮のない本心を言い合う

「ところで、総司」

開けた時と同じように音もなく障子を締めた斎藤が冷たい声を発する

「あんたはさっきから何をしている」

「んー?……面白いよ?これ。一君もやる?」

人差し指に力を込めて押すと
が小さく唸り声を上げて眉を顰めた
その反応が面白くて、沖田は二度三度との頬を指先で突ついた

「静かに眠らせてやれ」

「でも、監視対象が眠ってたらつまらないじゃない。それにちゃんのほっぺたって、なめらかで柔らかくって――」

「総司」

厳しい口調で咎められ、沖田は渋々の頬から指を離す

「分かったよ……」

妬きもちやき。喉まででかかった言葉を沖田は飲み込む
言った所で本人は否定するだろうし、斎藤を無闇に刺激するのは愚か者のする事だと心得ていたから

沖田がから離れたのを確認した斎藤がその場で腰を下ろす

「あれ?一君もちゃんの監視?」

疑問を発した沖田に、斎藤は淡々とした口調で答える

「交替だ。後は俺が見張っているから、あんたは休んでこい」

「休んでこいって……ここ、僕の部屋なんだけど」

「俺の部屋を使えばいい」

斎藤の提案を素直に呑むわけにはいかなかった
斎藤相手に説得は無理だと理解しつつも口を開く

「僕は繊細だから、枕が変わっちゃったら眠れないんだ。それに疲れてないし、休息は必要ないよ」

「そんな事を言って、隊務に支障が出たらどうする。素直に休んでこい」

「そんな事言って、本当はちゃんと二人きりになりたいんじゃないの?」

からかうように覗き込めば、斎藤が鋭い視線を寄越す
負けじと好戦的な笑みの混じった視線を返す
僅かなにらみ合いで、先に折れたのは斎藤だった

「……勝手にしろ」

「うん、勝手にするよ」

どこにも行かないという証のように、壁に背を預ける
斎藤はもう何も言わなかった

「ねぇ、一君」

やや間を置いて、沖田がぽつりと名を呼ぶ
斎藤は俯けていた顔を上げた

「何だ」

「あの時、すっごく焦ってたでしょ」

「あの時?」

「ほら、ちゃんが”あれ”に立ち向かおうとした時」

不思議な光景だった
土方に怒鳴られただけで泣いていたような少女が
誰の目から見ても正気ではない者に立ち向かおうとしていた
勝ち目はないと知りながら

「……あの時は――総司、あんただって焦っていただろう」

「そうだね、皆焦った。だってあのちゃんが武器を持って戦おうとするんだから」

そして、面白い事を思い出したように笑みを零す
斎藤は不思議そうに沖田を見た

「でも、一番焦ってたのは土方さんだよね。あんな驚いた顔しちゃってさ」

”何やってんだあの馬鹿”と引き攣った声を上げた土方を思い出し
沖田はまた笑う
何か言いたげに口を開きかけた斎藤は、結局何も言わずに口を閉じた

「……本当に、変わっちゃったよね。ちゃん」

でも、と言葉を一端区切り
沖田はの寝顔を見る。瞼をしっかりと閉じ眠る姿は年相応に無垢だった

「あんな風に変わったのは、もしかしたら僕達のせいかもしれないね」

沖田達と出会った頃のなら、きっとただ震えて泣いていただろう
だがは背後の人物を庇おうとしていた
その人物を逃がす為に、勝ち目の無い戦いに挑もうとしていた
そうさせてしまった原因は自分達にあると、沖田は思う

「何故、俺たちのせいなのだ」

「さぁ、僕もよく分からないけど。なんとなく、そう思うんだ」

斎藤が少し呆れたように息をつき、沖田はそれ以上言葉を発することなく
二人の男はただ黙って、静かに眠るを見つめた





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斎藤さんがやっと喋った…!