緋牡丹想々#5




「やっぱり、ウチのお酌では呑んでくれへん?」

同情を誘うような悲しげな声に心が揺らいだが
なんとか己を律し、杯に触れようとする手を止まらせた
隣で徳利を傾けていたが諦めた声を出す

「頑固やなぁ。分かった、もう無理強いせぇへんさかい」

膳へ置かれた徳利へ、ほんの僅かに残念そうな視線を送る
目ざといはそれを見逃さなかったらしい

「辛いお仕事やね、斎藤さん」

「……」

からかわれているのは承知だったが、真実の言葉でもある
酒を目の前にして、呑めないというのは想像以上に辛いものがある
尤も、今回のみ特例で酒は呑んでも構わないと土方からは言われているが
やはり、隊務としてここに来ている以上羽目を外す行為ははばかられた

悶々と思い悩む斎藤の横でがクスリと笑みを漏らす
美しく着飾ったは、笑みさえも優雅に見える

「……何を笑っている」

「ちょっと、思い出して。斎藤さんのさっきの顔」

「顔?」

「もしかして、ウチって気付かへんかった?」

「……」

図星をつかれ、黙り込む
がこの部屋にやって来た時
女郎姿のと気づかず、不思議な顔で出迎えてしまったのだ
雅な装いと化粧で、女とはこんなにも変わるものなのか
それに、仕草や喋り方まで優雅に見えてくる
まるで別人だが、それでもには変わりない
初めは戸惑ったものの、美しい着物にも化粧にもすぐに慣れた後は
いつもと同じが隣にいるだけだったが

「……仕方なかろう」

何が仕方ないのか
自分で発した言い訳の説得力の無さに情けなくなる
照れ隠しに酒を呷ることも出来ず、熱を持った頬を隠すように顔を背ける

「あ、照れてる」

笑う声
楽しそうな声に益々居心地の悪さを感じ、余計頑なに顔を背け続ける斎藤にが困ったように言う

「あぁ、もう笑わへんからこっち向いて?な?」

幼い子をあやすようなものいいは気になるが、これ以上ヘソを曲げた態度も大人気ないと思い
背けていた顔を膳の前まで戻す

「せめて料理だけは食べて?いくらウチの監視でも、それ位はええんやろ?」

「……あぁ」

おずおずと料理に箸を付ける
食事を始めた斎藤の隣で、安心したように笑った
杯を手にとり、手酌で注いだ酒を一気に呷った
驚いて見つめた斎藤へ、挑戦的な視線では笑った

「だって、勿体ないやん」

あっけに取られている斎藤を尻目に、は2杯3杯と杯を傾け
ふっと満足そうに息をついた
その頬がみるみる内に赤みを帯びてくる
酒のせいだというのは明らかだが、ただでさえ艶っぽい今の
余計に色気を増して見え、斎藤には不思議で仕方が無かった

空になった杯を両手で弄びながら、どこかぼんやりとした瞳を落としたがぽつりと呟く

「……なぁ斎藤さん。沖田さんはまだウチの事怒ってる?」

一瞬何を問われているか分からず
斎藤は頭をひねったが、すぐに思い当たった

は、ずっとあの事を気にしていたのだろうか
確かに短刀まで投げつけられて怒りを表現されれば気になって当然かもしれない
けれど、あの時はけろりとした態度で沖田の矛盾を突いていたから
の言葉は斎藤には少々意外だった

「いや……」

小さくの言葉を否定する
あの後、が去った後沖田の態度は通常通りだったし
の事が度々話題に上った時も、普通に話に加わっていた
だからもう怒っていない

けれど、この監視の任務を沖田はきっぱりと拒否したのも事実だった
いつも勝手気ままに見える沖田だが、任務を拒否するのはそうそうあることでは無い
ならば、やはり怒っているのだろうか

「……総司の事は、読めん」

怒っていない。と嘘で安心させるのは簡単だが
悩んだ斎藤は正直な感想を告げた
まるで答えになっていない回答にもは満足したらしく
赤らめた顔を微笑ませた

「ウチも、沖田さんの事はよぅ分からへんわ」

そして、また杯に酒を注ぎ一息に飲み干す
その行動すらも優雅に見えて
斎藤は何故だか急に、に酌をしてもらわなかった事を後悔した





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お酒はおいしいですよ。という話でした