対岸の彼#1





「あー悪りぃ、俺は止めとくわ」

そう言って、永倉は何かを誤魔化すように笑った

「珍しいな、お前が自分から断るなんて」

言葉通り、信じられないという瞳で原田が見つめると
俺にもたまにはそういう時があると早口でまくし立て、どこか挙動不審な態度で屯所を出て行った

怪しい。原田でなくとも、一目で分かる怪しさだ
まず、島原行きを自ら断るのが怪しい
そして、挙動不審に屯所から出ていく様子が怪しい
更に言えば、島原行きを断ったにも関わらず、身なりが小綺麗だという事だ

「なんか変、だよな」

「だな。なんか俺達に隠し事があるみてーだ」

藤堂と原田は顔を見合わせ、同時に頷き
足音と気配を殺して、永倉の後を追いかけた




「左之さん……俺、夢見てんのかも」

藤堂の言葉を受け、原田は容赦なく
自分よりも頭一つ分以上低い位置にある、その頭を殴りつけた

「ってえ!何すんだよ!」

「痛いか?じゃあ夢じゃねぇって事だな」

悪びれもせず言った原田を、藤堂はしばらく恨めしそうに睨んでいたが
やがて、通りの向こうに視線を戻した

夢ではない。けれど、夢のような光景
原田と藤堂が見守る視線の先には、永倉と……一人の少女
質素だが、品の良い着物に身を包んだ少女は
可憐な笑みを浮かべながら、永倉を見上げている
柔らかな少女の視線を受け、頬を紅潮させる永倉

あの永倉が町娘と仲睦まじくしている
それは、二人にとっては天地がひっくり返る程の衝撃だった

「夢じゃないっつー事は……あの子長州か薩摩の間者、とか?」

ぽつりと呟かれた藤堂の突飛な発想
仕方がない、そんな発想に至る程永倉は女と縁がないのだから
顔や性格が悪いわけではない。良い男だと思う
だが、女と接するとなると必要以上に緊張してしまうらしく
永倉の良い部分が発揮出来ない

どうせ今も、自分の事を拙者などと呼び
硬い物言いになっているのかもしれない
それでも二人が仲睦まじく出来るのは、そんな永倉の不器用な所も
少女は全て引っ括めて惚れている……という事なのだろうか

何にせよ、恋する男女程の思考程不思議なものはない

「なんてな」

一人呟いた原田は藤堂の頭に手を置き、明るい声を出した

「羨ましいからって、物騒な事言ってんじゃねえよ、平助」

「だ、だって……新八っつあんがあんな可愛い子と恋仲になれるなんて、信じらんないじゃん」

「まぁ、そうだが。素直に祝ってやるのが仲間ってモンだろ」

「うー……うん。そう、だよな。やっと新八っつあんの良さを分かってくれる子が
 現れたんだよな」

「だな」

じゃあ帰るか。と続け、原田はもう一度通りの向こうを見遣る
永倉の話に耳を傾け、時折心からの笑みを見せる少女は
恋する女独特の美しさがあった





「怪しいなぁ。もしかして、長州か薩摩の間者なんじゃない?」

永倉と少女について一通り原田が話し終えた後
沖田はさも疑わしそうな声を出した

「おいおい。総司までそんな事言うのかよ」

「だって、おかしいじゃない。あの新八さんに良い仲の女の子が居るなんてさ」

本人が居ないのを良い事に、沖田の言葉には容赦がない
尤も、沖田ならば本人を目の前にしても全く同じ事を言うのだろうが

「……まぁ、世の中は広いからね。一人位は新八さんが良いっていう子も居るのかもね」

やはり失礼極まりない発言をして
手入れの終わった刀を置いた
沖田の一連の発言は、流石に永倉が憐れに思えたが
原田自身も人の事は言えず、苦笑いだけを浮かべる

「お。なんだなんだ?珍しい組み合わせじゃねーか」

広間の空気を乱す程、明るい雰囲気を纏った声が響き渡る
話題の渦中にいる永倉が、相変わらずの態度で徳利を片手にやって来た

「噂をすればなんとやらって奴だね」

沖田が含みのある笑い方をする

「ん?どうしたどうした?二人で何の相談だ?」

「相談っていうか、新八さんの話をしてたんですよ」

「俺の?」

原田の隣にどっかと腰を下ろし、杯を押し付けながら
永倉が首を捻る

「新八さんが、可愛い女の子と会ってたって話」

単刀直入。
とたんに永倉は頬を真っ赤に染め、なんだよ見てたのかよと狼狽えた

「偶然、平助と見ちまったんだよ」

後を付けた、と正直に言う訳にもいかず
“偶然”を強調する
永倉は頭を掻き、恥ずかしそうに笑った

「ま、バレちまったもんはしょうがねえか。あ、隠すつもりは無かったんだぜ?
 もちろんその内言うつもりだったさ」

手酌で酒を注ぎ、永倉は一口に飲み干した

「で、どんな子なんです?聞いた話では、結構可愛い子だとか」

「ああ。ちゃんっていう子でな、見た目も中々だがよ、性格も素直で正直でさ」

「ふーん、いいなぁ。何処でそんな子と出会えるんです?」

本当に興味があるのかないのか
問いかけた沖田に、嬉々とした様子で永倉は
少女――との出会いを語り始めた

ありきたりで、平凡な出会い
酒も入ってか、饒舌に語る永倉の話に原田も沖田も酒を片手に聞き入った

「でよ、まぁなんつーか俺もそろそろケジメ?っつーモンをつけなきゃなんて思ってる訳よ」

そう締めくくり、永倉はまた酒を一口で呷る
月の光が広間に差し込み、穏やかな夜は更けて行った





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前拍手お礼。お礼内でミニ連載していたものです。
今回は新八さん夢で、全4話(仮)の連載形式になっています。

彼女が出来ただけで、すごい酷い言われような新八さん……
そんな新八さんが大好きです。