対岸の彼#2





男なんて簡単なものだ。は心の中でせせら笑った
自身、容姿に優れているとは思わないが
そんな自分でも籠絡出来る程、男というものは容易い

お前みたいな田舎娘じゃ無理だ、と言っていた仲間の予想に反し
は見事に新選組幹部の男をつかまえた
その仲間は、どうせすぐバレるなんて負け犬のような台詞を吐いていたが
今の所が長州の間者だとバレている様子はない

新選組幹部の男……永倉新八は
を疑う事もなく、様々な事を話して聞かせてくれた
そのほとんどが何気ない日常の話だったが
幹部連中の性格や好みなどが分かれば、いつかきっと役に立つ

永倉の話はどれも興味深く、面白い
時々、本当に心から笑ってしまう事もある
今日も、永倉からたっぷりと情報を得、たっぷりと笑った後
河原で夕陽に煌めく川面を二人で見ていた

誰が見ても、今の二人は恋仲に見えるだろう
案外自分は間者に向いているのかもしれない

「……ふふ」

思わず、漏れてしまった笑い声

「ん?どうしたんだい、ちゃん」

永倉に目敏く見つけられ僅かに焦ったが
すぐに心を落ち着けた

「あ、いえ……新さんと居ると、ただの水面も凄くキレイに見えるなって思って」

笑顔を添えて答えると
永倉は夕陽よりも赤い顔になった
咄嗟の言葉にしては中々だったのかもしれない
出鱈目、という訳でもなく、本心だからすんなりと出たのかもしれない
本当に、永倉と見る水面はきらきら輝いて綺麗だったから

「よせよ……照れるじゃねえか」

「本当だ。顔、真っ赤」

からかうように笑って、は歩き出す
……と、突然手を掴まれ、歩みを止められた

「え?」

力強い手。今まで指一本触れようとしなかった永倉の
大胆な行動に驚く
振り返ったは、永倉の真剣な瞳とぶつかって小さく息を飲んだ

「あ、あの、新さ――」

「なぁちゃん。俺も男だ、いつまでもこのままってワケにはいかねえと思ってる。だから、そろそろケジメをつけてえ」

ケジメ、とはなんだろう
意味を掴みかねたは黙って永倉を見つめる


ちゃん。あんた本当は一体何者なんだ?」

「――え」

瞬間、血の気が失せた
何者か?
腕を掴んで、真剣な目で、何者かと問うのは……
それは永倉がをーーいや、そんな筈はないとは断じる
永倉がを疑っている筈はない
は詰まりそうになる息を吐き出すように、嘘を紡いだ

「な……に言って、私はただの……町娘で」

疑われている筈がない。正体を見抜かれている筈がない
完璧に騙されていた筈
けれど、の顔には焦りが滲み、声が震える

「やれやれ、こんなに分かり易いなら新八さんが騙されなかったのも納得だなあ」

苦笑混じりの声
突然現れた背後の気配に、は腕を掴まれたまま背後に顔を向けた
男が二人。
飄々とした雰囲気の男と、もの静かそうな黒い着物の男

「……あなた達、は」

「僕は沖田総司。で、こっちが斎藤一君」

飄々とした雰囲気の男が朗らかに答え
斎藤とよばれた黒い着物の男は、迷惑そうに横目で沖田を見た

「総司、この場で名乗りをあげる必要性は無いと思うが」

「いいじゃない。この子だって、自分を殺す奴の名前位知りたいだろうし」

殺す……
自分に向けられた恐ろしい言葉に、永倉を見上げる
の縋るような目を見た永倉は、同情するような悲しそうな顔をしていた

気付けば、永倉の背後にも男が二人立っていた
恐らく原田左之介と藤堂平助だろう
永倉の話に頻繁に出て来る彼らの特徴と一致している

「やっぱ、どっかの間者だったんだ……」

「当たって欲しくねえ冗談だったんだがな」

藤堂と原田が苦々しく呟く
まさか……嵌められた?
新選組幹部にぐるりと取り囲まれ、はようやく悟った
騙していたのはではなく、永倉だった事に

「最初から、知ってたの?私が……情報の為にあなたに近付いた事」

「……ああ」

「ずっと、騙された振りしてたの……?」

泣きそうなの声に、永倉は沈黙する
悔しかった
男なんて簡単だと浮かれ、何も見抜けなかった自分自身が

「私……殺されるの?」

なんとか紡いだ言葉も、情けない
情けなくて、悔しくて、恥ずかしくて涙が零れそうだった

「いや、殺さねえ」

静かな永倉の声に、一片の希望を見いだす
だがすぐに、ささやかな希望は消し飛んだ

ちゃん。君には聞きたい事が山程ある……すぐには殺さねえ」

希望なんてない。失敗した間者の辿る道は一つしかない
それなのに、希望を持ってしまった自分の甘さに
は唇を噛み締めた

と、その時
空気を切り裂く乾いた音が響いたかと思うと
永倉がの手を離し、素早く後ろに飛び退いた
永倉が一瞬前まで居た場所は小さく抉れ、砕けた石がの足にぶつかる

銃声と銃弾
すぐにそう察したは、辺りを見回した

「悪いが、その女を連れて行かせるワケにはいかねー」

声が響いた時には、すでに全員がその人物の姿を探し当てていた
愛用の銃を構え、不敵な笑みを浮かべたの“仲間”は
橋の欄干に立ち、河原の人間達を見下ろしていた





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永倉さん夢第二話です。
前回、さんざん間者ではないかと疑われたヒロインは
やっぱり間者でした。
でも、新八さんは騙されてなかった!!
という、カッコイイ新八さんでいきます。この話は