対岸の彼#3





と新選組を見下ろしていた不知火は欄干を蹴り
一瞬での目の前に立った

「チッ……厄介な奴が来ちまったぜ」

苦々しげに原田が呟く

「不知火さん……なんで?」

呆然としてが呟くと
くるりと振り返った不知火の拳が、問答無用での頭に垂直に振り下ろされた

「痛!な、何すんのよ!」

「何すんのよ、じゃねえだろこの馬鹿。やっぱりバレてたじゃねーか」

ただでさえ目つきの悪い不知火が目を吊り上げて怒ると
相当な迫力があるが、も負けじと睨み上げる

「馬鹿って言わないでよ!この暴力男!」

「何だと?それが助けに来てやったモンに対する口の聞き方かぁ?」

「だ、誰も頼んでないもん!」

「ほお……じゃあ助けなくてもいいんだな?それなら俺は帰るわ」

「ちょちょちょっと待ってよ!この状況で置いて行く気!?」

歩き出そうとする不知火の腕を掴み、慌てて引き止める
焦るを、不知火の冷たい瞳が射る

「んだよ。助けはいらねえんだろ?」

頼んでない。と言ったのは、売り言葉に買い言葉で
つい口走ってしまっただけだ
不知火もそれ位は分かっているだろうが
が素直にならない限り、本当に帰ってしまうだろう
命が懸かっているのだ、はさっさと意地を捨てた

「ご、ごめんなさい。助けて、不知火さん」

「最初っからそう言ってりゃいいんだよ」

腰に手を当て、偉そうに言った後
不知火はとのやりとりを静かに見守っていた新選組の幹部を見回した

「つっー事で俺はコイツを助ける事になった。お前ら、どうする?」

「もちろん戦うさ。二人共、帰す訳にはいかないんでな」

当然のように答えた原田が、一歩前に出て槍を構える
不知火はやっぱりな、と笑った

「けどよ、こんなくだらねー事でお前ら死んでいいのかよ?」

「僕達が死ぬ?おかしな事を言うね」

沖田が笑い飛ばすが、目には微かな怒りが浮かんでいる

「たかが人間が俺達に敵うワケねえだろ?何人束になったって無駄無駄」

挑発的な言葉
だが、挑発に乗って斬り掛かって来るものはいない
冷静な新選組幹部の様子を感心した様に見つめながら不知火は続ける

「でもよ、お前らは結構面白そうだし、こんなつまんねー女捕える為に死ぬのは俺としても忍びねえっつーか」

「つまんない女って何よ!」

すかさずが噛み付く
不知火から返って来たのは冷たい声

「うるせえ。お前はちっと黙ってろ」

「……うぅ」

「お前らが変な期待するといけねえから言っといてやるけど、この女は何も情報持ってねーぞ?拷問かけたって、昨日の晩飯の献立位しか出てこねえよ」

そして、永倉を見た不知火は不敵に笑う

「それに、はお前らの重要な情報は何一つ手に入れてねえんだろ?」

不知火の言葉は正しい
は新選組が欲しがる情報を何一つ持っていない
また、新選組に関する重要な情報も何一つ持っていなかった

「ま、お前らが女を拷問にかけていたぶる趣味があるってんなら別だけどな。コイツ、結構イイ声で鳴くと思うぜ?」

その台詞に、の肌がぞくりと粟立つ
捕まえてもすぐには殺さない。永倉の言葉が甦る
怯えたが不知火の服の裾を掴んだ
何故か永倉の鋭い視線に射られた気がした

「黙れよ。助けに来た女を怯えさせてどーすんだ」

今まで聞いた事の無い低い声で永倉が呟く
その声に、不知火は喉の奥で笑った

「なんだ?自分を騙した女の心配か?」

「……そんなんじゃねえ。ただ、お前の話は胸くそ悪ぃ」

「落ち着け、新八」

一歩、不知火に近付こうとする永倉を原田は諌める

「別に女いたぶる趣味はねえよ。だがな、新選組に仇なす存在を放っておくわけにはいかねえ。たとえ女でもな」

原田に射すくめられたを、不知火が背で隠す

「やっぱそうくるよな。あー面倒臭ぇ」

緩慢な動作で頭を掻いた不知火は次の瞬間
素早く銃を構えると、原田や沖田らの足下に向けて引き金を引いた

ぱん。ぱん。ぱん。

数発の銃声には目を瞑る
誰かに抱き寄せられ、ふわりと浮く感覚

次に目を開けた時、は不知火に抱きかかえられ
橋の上に居た

「っ待て!」

永倉の叫び

「お前らの命は見逃してやるよ。この馬鹿女が迷惑かけた詫びだ」

「だから馬鹿って言わないでよ!」

「うるせぇ、川に突き落とすぞ」

「ご、ごめんなさい」

素直に謝り、不知火の腕の中で大人しくした

「じゃあな」

律儀に別れを告げ、駆け出した不知火の腕から身を捩って河原を見る
立ち尽くす永倉はまだこちらを見ていたが
新さん。そう無意識に呟いた声は当然永倉の耳に届く事はなく
風に溶けて消えた





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この話が18禁夢小説だったら
捕まって、拷問という名目で淫らな行為をさせられるのでしょうね

不知火さんはいつもヒロインをからかって遊んでそうです
でもピンチの時はちゃんと助けに来てくれる
そんなお兄ちゃんキャラだったらいいな

新八さん連載も、次回で最終回です。