昨日の敵は今日の恋#2





「ごきげんよう」


前にはレイ
背後には、白い大きなバッグを持ったシン

私は変わらず笑みを浮かべて、あいさつ


「あ…はぁ」


呆気にとられながらも、つられて会釈する
緑の瞳にもう一度笑みを送り
背後のシンへ視線を送る


「コーディネイターって、皆同じ反応をするの?」


反論したいけど、言葉が見つからないような
複雑そうな表情が返って来た





「艦長さんってもっと頑固そうなおじさまかと思ってました」


艦長室に入って、開口一番出した本音に
緊張感で満たされていた室内の空気が僅かに緩んだ

流石というべきか
私の想像とは180度違う目の前の艦長さんは、すぐに緊張を纏い直し
残念だった?と問う


「いいえ、嬉しい裏切りはむしろ大歓迎です」

「そう。で、あなたは侵入者だそうだけど、地球の歌姫が何の用かしら」

「地球の、歌姫…?」


左斜め後ろに控えているシンが疑問を呟く
やっぱり少し誤解されている


「あの、どうやら誤解があるようですが、私は“地球の”なんて大したものじゃありません」


プラントの歌姫の対として考えてしまうからなのか
私はそんなに凄い存在ではい

私はあくまで、


「私はあくまで“ブルーコスモス”にとっての、です」

「ブ、ブルーコスモスゥ!?」


笑える程大きなリアクションで大声を上げたのは
艦長さんの脇に控えている黒い軍服の人

この人はきっと驚き要員なんだろう


「はい。ブルーコスモスです。ちなみに名前はといいます」

「そそそのっ歌姫がこっこっここへ一体何しに――!」

「落ちつきなさいアーサー。それを聞く為に呼んだのよ」

「し、失礼しました」


アーサーと呼ばれた、驚き要員さんが恐縮して
艦長さんに敬礼した後、黙った


「改めて問うわ。ブルーコスモスの歌姫が何の用かしら」

「とある目的がありまして」

「とある目的とは?」


一度視線を床に落とし、すぐに艦長さんへと戻す


「…確かめに来たんです」

「確かめる?」

「はい。コーディネイターは本当に抹殺するべき存在なのか、を」


場の空気が一瞬凍りついたような冷たさを感じた
ある程度は予想していたものの、鋭さを増した艦長さんの視線にはすこし驚いてしまった


「…今更、じゃない?どうして今更そんな事を確かめようと思ったのかしら?」


全員が、息を殺して次の言葉に耳を傾けているのを感じる
ヘタな事を言えば殺されかねない
それは困る

私は心持ち目を伏せ、息を吸った
深呼吸をしたくなる程の花の香りと、微かに感じる血の臭いが
鼻の奥で再現された


「もう、数週間前になりますが、一人のコーディネイターと出会いました」





柔らかそうな、太陽を吸い込んだような金の髪だった
整った顔には冷や汗が流れ
仕立てのよいスーツには赤黒いシミができていた

大きなお屋敷に釣り合うような、大きな庭の隅に隠れるように、その人はいた
私に気づくと、驚いて目を丸くしていたけれど
照れるような顔で、力無く微笑んだ


『…歌姫が、こんな所で何をしているんですか』

『お散歩。あなたは?』

『ちょっと、色々ありまして』

『死ぬの?』

『そんな簡単には死にませんよ。これ位の傷、平気です』

『あなた、コーディネイター?』

『え…』

『だって、こんな傷が平気なんて…コーディネイターは不死身なんでしょ?』

『どこでそんなデマ覚えたんですか…』

『デマなの?』

『全くのデマですよ、僕達だってナチュラルと何も変わらない――あ』

『やっぱり、コーディネイターなのね』

『…誰にも言わないで下さいね、と言いたいんですけど』

『もしかして、もうバレてしまったの?』

『まぁ…だからこの傷、なんですけどね』

『コーディネイターも、完璧ではないのね』

『ええ、人間ですから』

『そう…。と、コーディネイターが完璧でないなら、手当てが必要ね』

『手当ては必要ありません。それよりお屋敷に戻って下さい』

『どうして?』

『僕と一緒の所なんて見られたら、あなたの立場だって危うくなる』

『それは、確かにそうだけど』

『だから、早くお屋敷に戻って。ここにはもう来ないで下さい』

『どうして?どうしてあなたは私に親切にしてくれるの?』

『それは…さんの歌がほんの少し、好きだったからです』


名前も知らないコーディネイターは笑った
私は彼の言う通りお屋敷に戻って、昼下がりのお茶を飲んだ
味は覚えていない

少し気になったけれど、そこには行かなかった
逃げ延びたとは考えにくい




「そのコーディネイターは優しかった。私のあんな歌を好きだと言った」

「…」

「だから、私は分からなくなりました」


元々、コーディネイターに恨みや憎しみなんて持ち合わせていなかった
あんな歌を唄っていたのは
それでしか私の存在が許されなかったから


「“青き清浄なる世界の為に”コーディネイターは滅ぶべき存在なのか…」

「…」

「艦長さんは、どう思われますか」

「それは、分からないわ」


はっきり言った力強い瞳に、意図的に柔らかくした笑みを返す


「そうですよね、まだきっと誰にも分からない。だからここで見極めさせてください」

「見極めて、それからどうするつもり?」

「それは見極めてから考えます」


アーサーさんが一人
見詰め合う私と艦長さんをせわしなく交互に見ていた

斜め後ろから、シンの視線を感じる
レイの視線は感じない


「…悪いけれど、そんな理由で民間人を置いておくわけにはいかない」

「か、艦長…では」

「けど、侵入者をこのまま帰す訳にもいかない」


にこりともしない整った顔が、まっすぐに私を見
艦長の声で、私が待っていた言葉を放った


「あなたの身柄は、しばらくここで預からせてもらうわ」


私が心の中でガッツポーズをとったのは、言うまでもなく





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過去回想で出てきたコーディネイターの男の子はオリキャラです…
年齢は多分二十歳くらい、スパイ活動していたという
微妙な設定があります。
ブルーコスモスって面白いキャラが沢山、というイメージしかないのですが
歌姫っぽい存在がいてもいいかな…と