やさしい子守唄#5





柔らかくて、暖かいメロディ
遠い昔に聞いた子守唄


「覚えていますか?」


ラクスの表情や声は、どこまでも優しい
その笑顔に戸惑った

これ以上、近づくことも遠ざかることも出来ず
固定されたように、その場に立ち竦んだ


「…まだわたくし達が幼かった頃、あなたはよく眠れないと言って、わたくしの部屋に来ましたね」

「…」

「その時に、この歌を唄って差し上げました」

「…覚えていない」


視線を反らし、ささやかな抵抗のように呟く


「わたくしは、よく覚えていますわ」


一度も忘れたことはない
ラクスの声は、そう言っているように聞こえた


「この歌を聞けばあなたはすぐに眠ってしまうのに、一度だけ…起きている時がありましたね」


ほんの少しだけ思考を巡らせ
そんな事はすっかり忘れていた自分に気がついた


「もうこの歌では眠れませんかと聞いたわたくしに、はこう言ったのですよ」


“最後まで聞いていたかったから”


の声を真似たのか、ラクスは声を変えて言う

その言葉に、他意は無かった
ただ純粋にあの時は最後まで聞いていたいと思っていた
ささいなエピソード

にとっては


「嬉しかった…」


けれど、
目を伏せたラクスにとっては
ささいなエピソードとして片付けられなかった


「だからわたしくしは、もっと唄いたいと願ったのです。歌で、誰かを幸せにしたいと」


自分がラクスに影響を与えた
考えたこともない事実を知って、は正直当惑した

どう反応すればいいのか分からず戸惑う
伏せていた瞳を上げたラクスが優しく笑いかける


のおかげです」

「…あたしは…何もしてない」


感謝される程、辛かった


一人は平和の為に歌い
一人は平和の為に戦う


何故ラクスが歌姫に相応しいのか
何故自分が戦わなければいけなかったのか


本当は以前から知っていたその理由を
ラクスの言葉によって余計に思い知らされるのを無意識に恐れた

耐えきれず、両の手の平を握り締めて
くるりと体を反転させ、ラクスに背を向けた


「…!」


がその場から離れる一歩を踏み出す前に
意を決したらしいラクスが名を呼び、引きとめた


「…あなたには、申し訳ない事をしたと思っています…」


一旦言葉を切り
けれど、とラクスの声は続ける


「けれど、必要な事だったのです…その為にわたくしは――」

「あたしは」


言葉を途中で遮り、が口を開く


「あたしは…仲間に殺されかけたの」


向けられた銃口

命令だと冷たく言い放った兵士の声

仲間ではなく、敵を見る視線


「怖くて…悲しくて…悔しかった…」

…」


ラクスが近づく気配がし
はその場から逃げ出した



目頭が熱を帯びてくる

戦って、命を落とす覚悟はできていた
けれど、仲間に殺される覚悟なんて出来ているハズもない

家族と離れ、ザフトだけを頼って信じて生きていこうと思った


「あたしの居場所は…あそこしかなかったのに…」


それなのに、

誰に言うでもなく呟いた
数メートル先の扉が開き、中から人が飛び出してきたのをみとめ

目尻に溜まっていた涙を拭った


「アスラン…」


飛び出すように部屋から出てきた人物の名を口にする

焦った様子のアスランは、の姿に気づくと
一瞬固まり、やがてホッと安堵した表情を見せた


「良かった、部屋にいなかったから焦ったよ」


ただラクスから遠ざかる為に、でたらめに進んでいたつもりが
きちんと元居た自分の部屋まで戻ってきたらしい


「あ…」


口を開きかけて
先ほど、アスランを責めた自分を思い出し口を閉じる

顔を伏せたに、気まずそうなアスランの声が届いた


「あの、さ…」


たどたどしくも、一生懸命に言葉を紡ぐアスラン


「食事、持ってきたんだ…お腹空いてるんじゃないかと思って」


伏せていた顔を上げると
ぎこちなくアスランは笑ってみせた





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下書きは割りとササッと書けたのですが
いざパソ打ちしようとしたら意外と手間取りました…。