やさしい子守唄#6





簡単な食事と謝罪の言葉を持ってきたアスランとの間で
謝罪合戦が繰り広げられた後

お互い少し打ち解けたという手応えを感じていたアスランは今
三度の部屋へと向かっていた

これから始まる戦いは、きっと最後になるだろう

その前に、に会っておきたかった

言いたい事と
渡したい物があった

アスランは左手のに握られたものを確認する

キラからに返すよう預かって来たロケット

視線も左手に向け
次に通路の先に視線を向け直したアスランは
ふと、立ち止まった


「…ラクス?」


たった今アスランが向かっていた部屋の前に
神妙な面持ちで佇む人物の名を口にする

ハッとした顔でこちらを向いたラクスは
悲しげな瞳でアスランを見た


「入らないのか?」

「入りたい、のですが…」


ラクスは手を伸ばし、扉に触れようとして
数センチ手前で手を止めた


「掛けるべき言葉が、見つからないのです」


言い終わり、すぐにラクスは左右に首を振る


「いいえ、今は何を言っても、を傷付けるだけ…」


何か、気の効いた言葉を
アスランは必死に探したが、やはり見つからず

悲しげな横顔は姉妹ソックリだなと
場違いな感慨を持った


「…わたくしは、急ぎすぎたのでしょうか」

「そんな事は――」

「わたくしがこうすることで、がどんな立場に立たされるか分かっていましたのに…」

「けれど、を助けようとしていたのでしょう?」


ダコスタはを知っているようだった
をここまで連れてくるよう促したのもダコスタだった

手を下される前に、を助け出そうとしていたのは想像できた


「けれど、助けられませんでしたわ」


はっきりとラクスが言い
アスランはすぐに言い返そうと口を開いたが
開いただけだった


「…を辛い目に遭わせてしまいました」


「関係ない」と悲痛に叫んだ
“仲間”に殺されかける事は深い傷になっていて当然だ


「ラクス…」

「すみません。戦いの前に、こんな暗いお話をしてしまって」

「いいえ…」


軽く首を横に振ったものの
どことなく暗い空気が辺りを漂う

ラクスはいつもの笑みを見せ
自分で招き寄せた暗い空気を、自分でやんわりと振り払った


「けれど、戦いが終われば、またともお話できますわね」


戦いが終われば。

戦いの先に未来を見つけているラクスは大人びて見えた





扉の外側が、というよりも艦全体が慌しくなったのを
敏感には感じ取っていた

戦闘が始まるのかという思いは
パイロットスーツに身を包んだアスランを見て確信を得る


「戦闘が…始まるの?」

「ああ、これが最後の戦闘になると思う」

「最後?」


はっきり最後だと言いきったアスランを疑問の表情で見る


「最後だよ。最後にするんだ…いいかげん」


覚悟を聞いた気がした
一瞬不安が過ったは、アスラン、と名を口にする

呼んだものの、後に続く言葉がなく
ただ不安そうな顔だけを向ける
アスランは笑った


「大丈夫、必ず終わらせてみせるよ」

「違う…そうじゃなくて」


死なないで。

たった5文字の想いが口に出せない


「…そうだ」


何かを思い付いたように、アスランが呟く


「何か、約束しよう…か」

「え…?」

「お互いに相手にして欲しい事を言い合って…それで、戦争が終わったらそれを実行する」


突拍子も脈絡もない提案に
は目を丸くして驚いていたが、少し時間を置い頷いた


「よし、じゃあから」

「あ、あたしから…?」


困った声と顔で必死に考える
急に言われても、アスランにして欲しい事など簡単に浮かばない

浮かんだとしても、口に出して言えるものではなかった

ひとしきり考え、いくつか浮かんだ候補の中から
はひとつを選び出した


「…アレ、がいいな」

「ん?」

「あの、ラクスの側にいつもいる…丸くて――」

「ハロ?」


こくりとが頷いてみせる


「アスランが作ったんでしょ?」

「ああ、そうだけど…あんなのでいいのか?」

「うん、あれがいい」

「分かった」


小さく笑って、アスランが答えた


「じゃあ、俺からは」


一旦言葉を区切って、アスランはの瞳を見つめた

何か、とても大きな事を注文されるのではないかと覚悟した


「戦争が終わったら…一度ラクスと話しをして欲しい」

「話し…を?」

「ああ、きちんと向き合って、話して欲しい」


心持ち、眉根を寄せたものの
それ程嫌悪感を感じたりはしなかった

ただ、ラクスの事を想っての発言だと判断した
婚約者という二人の仲を再確認して、少し悲しくなった

床に落とした視線を、左右に戸惑わせ
湧きあがってきた悲しみを押し隠して、口を開く


「この約束は…二人が生きてて初めて有効なんだよね?」

「そうさ」


その言葉には、生きて帰ってくると言われたのと同じ響きがあった


「分かった、約束…する」

「よし。じゃあ――」


パイロットスーツの腕を持ち上げ
差し出したアスランの小指に、も自分の小指を絡ませる


「…じゃあ、行ってくる」


絡ませた小指を離し、背を向け出て行こうとするアスランの名を紡ぐ

声に反応して、顔だけで振り返ったアスランは
の瞳をきちんと見つめ、微笑んだ





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こっちが何か悪い事をしたり言ったりして、アスランに謝ったら
「いや、俺が…」と謝り返されそうです。
そんな感じで謝り合戦が勃発しそうです。(偏見)


話しもいよいよ後半に入ってきました。